第58話 悪かったわね


「それでも……それでも、お兄様にささげたいのです」


 とリム。一見、愛の告白のようだが、内容は猟奇りょうき的だ。


ささげるって……血を? なにか、嫌だ……)


 それに教育上、あまり良くない。

 シキ君も迂闊うかつな事は言えずに、あつかいに困っている。


 わたしはヒナタちゃんを連れて――部屋に戻ろうかな――と思っていると、


「そろそろ、いいか?」


 とレン兄。声を掛けるタイミングを見計みはからっていたようだ。


「あら、まだ居たの?」


 リムの返答に――ひどいな――とつぶやく。

 そして、一度大きく溜息をくと、


「気は済んだか?」


 と質問する。その問いに、


「フンッ」


 水を差されたリムはそっぽを向く。


大人気おとなげない……)


 そう思いつつも、わたし達は彼女の言葉を待った。

 リムは、その場の空気にえられなくなったのか、


「い、今まで……気をつかわせたようね」


 そう言った後――悪かったわね――と小さな声で付け足した。


(ふぅー、言えたね! 良かったよ……)


 わたしとヒナタちゃんは顔を見合わせて喜ぶ。一方で、


「気にしてねぇよ」


 レン兄はリムの頭に手を置くと、優しくでた。

 流石さすがはモフリスト――リムも気持ち良さそうだ。


 しかし――


「ちょ、止めなさいよ! そういうところが気に入らないのよ!」


 リムはその手を払い除けると、片手から炎を出す。


(やれやれ、まただよ……)


 ――やっぱり、急に仲良くするのは無理だよね。


 このままでは、またケンカが始まってしまう。


(わたしが止めてもいいのだけれど……)


 ――もうぐ、わたしも居なくなるし……。


 ここはやはり、彼女に頼もう。


「ねぇ、ヒナタちゃん」


 わたしは屈むと、ヒナタちゃんに耳打ちをした。

 そんな事でいいの?――と少女は首をかしげる。


(可愛い♥)


 ――いや、違った。


「大丈夫だよ」


 とわたしは答える。ヒナタちゃんは――分かった――とうなずいた。

 そして、リムとレン兄――二人のあいだに入る。


 なによ――と当然のようにリムに一瞥いちべつされてしまう。

 一方で――なんだ?――レン兄には見下ろされる。


おどろかせるつもりはないんだろうけど……)


 二人の態度は、明らかに威圧的だ。

 ヒナタちゃんは一瞬ひるんだが、勇気を出して言葉をつむいだ。


「リムお姉様、レンお兄様――ケンカは止めて……」


 両手を胸元で祈るように組み、上目遣うわめづかいでうったえる。

 これには、流石さすがの二人もタジタジだ。


 今までは、ヒナタちゃんはオロオロするだけだった。

 だが今回は、下手な対応をすると泣かれてしまいそうな気がする。


 二人の間で罪悪感が勝り――これ以上にらみ合うのは得策ではない――と思ったのだろう。


「べ、別にケンカじゃないわよ……」


「そ、そうだぜ……ちょっとした、いつものアレだ」


 苦しい言い訳だが、二人にしてはマシな対応だ。

 今までは、わたしがあいだに入ってめていた。


 だが、これでヒナタちゃんでも十分に役目を果たせる事は分かった訳だ。


(クックックッ――どうやら、わたしの作戦は成功したようね!)


 ――このわたしの手に掛かれば、二人をあやつるなど……造作ぞうさもない事よ!


「どう、サヤちゃん?」


(上手く行ったでしょ!)


 わたしはめて欲しかったのに、


「そうね――どうやら、もう優子ゆずは要らないようね」


 と返される。


(あれあれ? サヤちゃん……ちょっと可笑しくない?)



 ▼▲▼  ▼▲▼



 リムとレン兄の所為せいで、すっかりタイミングを逃してしまった。

 そのため、わたしは夕飯前にもう一度、サヤちゃんを探す事にする。


 聞きたいのは事の真相だ。

 どうして、わたしではなく、お兄ちゃんが死ななくてはならなかったのか……。


 サヤちゃんの口から、納得の出来る答えが欲しかった。


「ああ、ユズっち……また、迷子ですか?」


 と声を掛けて来たのはシキ君だ。


「うんん、サヤちゃんを探していたんだけど……」


 わたしはそう答えるも、サヤちゃんに会えずにいた。

 あながち、迷子というのは間違いではない。


「では、案内しますね」


 とシキ君。願ったりかなったりだ。


「ただ、その前に……少しお時間をいいですか?」


 わたしはうなずき、シキ君の後について行く。

 通されたのは彼の部屋だった。


 正直、彼の性格からいって――きちんと整理されているモノ――とばかり思っていたのだが、


「すみません……今、散らかっていまして――」


 その言葉の通り、足の踏み場もないくらいにダンボールやら、骨董品こっとうひんたぐいが転がっている。


「世界を修復する際に、危険な物を回収しているんですよ」


 と教えてくれた。確かに、【怪異】は倒したが、彼らがなにか危険な仕掛けを残している可能性はゼロではない。


 また、古い物には、人知のおよばないモノがいたりするという。


「手伝おうか?」


 わたしの言葉に、


「いいえ、本当に危険な物もあるので、僕の方で対処します――ああ、ありました」


 シキ君は目的の物を見付けたようだ。


「懐中時計?」


 わたしは首をかしげる。プレゼントにしては可笑しい。


 ――あっ、そういえば!


 【使い魔】にしたレージを入れておくのに――なにかいい物はないかな?――と相談していた。


「はい、【怪異】は古い物と相性がいいので、こちらに移ってもらうのがいいでしょう」


 いつまでも影に入れておく訳にはいかない。

 早速、シキ君に協力してもらって、レージを懐中時計へと移した。


「ありがとう、シキ君!」


 これでトイレやお風呂の時は、この懐中時計を何処どこかに仕舞っておけばいい。

 動物と違って、人型の【使い魔】はその辺が厄介やっかいだ。


(プライベートなんて、あったモノじゃないよ……)


「いえいえ、璃夢りむが……妹が迷惑を掛けたお詫びです」


 シキ君はそう言った後、わたしをサヤちゃんの元へと連れて行ってくれた。

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