第57話 存じています!


「ふぇ~ん、リム……許ひへよ」


 完全に八つ当たりである。リムはわたしの頬を引っ張りながら、


「あら、ユズの顔……伸びるのね」


 などと言う始末だ。人の顔で遊ばないで欲しい。

 わたしはその手を払うと、


「もうっ! それより、怪我けがは大丈夫なの?」


 ヒナタちゃんに治してもらおうか?――と解放された頬をさすりつつ、確認する。


(性格は治らないけどね……)


「大丈夫よ」


 そう言って、リムは再びわたしの頬を引っ張った。


なんで?)


いひゃいほ……」


「ユズが失礼な事を考えるからよ」


(ううっ……なんでバレたの?)


 一通り遊ぶと気が済んだのか、溜息をき、リムは立ち上がった。

 まだ、フラフラしている。


「大丈夫? 血が出てるよ」


 わたしは彼女を支えた。


「ユズはあたしが――普通の人間――だと思っているのね……」


なにか言った?」


 わたしは聞こえなかったフリをする。


なんでもないわ……それより、お兄様は?」


「えっ、シキ君? 向こうだよ」


 とわたしはリムを連れて行こうとした。

 だが、気が付いたシキ君の方から、こちらに歩いてきてくれる。


 そして――


「大丈夫ですか?」


 とリムにたずねた。すると、


「申し訳ありません……お兄様、負けてしまいました」


 おずかしい限りです――とリムは落ち込む。

 シキ君はなにか言おうとして、逡巡しゅんじゅんするが、


「綺麗な顔が汚れてしまいましたね」


 そう言って、リムの頬に手をえた。

 下手へたなぐさめより、十分に効果がありそうだ。


 当然、リムの顔は真っ赤になる。

 それだけなら、良かったのだが、


あつっ、あついよ! リム、めて!」


 まるで全身を包むように炎がき出す。

 わたしは慌ててリムから離れると、燃え移った炎を消そうと床を転がった。


「きゃあああぁっ! 熱い! 誰か水、水っ!」


 バシャッ!――と水を掛けられ、ようやく落ち着く。


「ふぅー、助かったよ」


 わたしは【術】で助けれくれたトーヤにお礼を言ったのだが、彼は何故なぜか顔を背けた。不思議に思い、わたしは自分の恰好を確認する。


 洋服は所々燃えて穴が開いている上、れた服は肌に張りつき、身体のラインを強調していた。


(これはひょっとして、とってもエッチな恰好なのでは!?)


 仕方なく、ヒナタちゃんに治療も兼ねて、洋服ごと修復してもらう。

 破損個所が少ないので大丈夫なようだ。


紅間あかまと戦った時は、随分ずいぶんとボロボロにされたからなぁ……)


 ――特に胸の部分が……。


 一方で、リムも落ち着いたようだ。

 何故なぜかリムの服は一切燃えておらず、身体の汚れも炎で浄化されていた。


(まったくって、不公平だ……)


怪我けがも治ったようですね」


 僕の所為せいですみません――と苦笑するシキ君。

 リムは――ハッ!――として、


「も、申し訳ありません――血液ですね! 今、出します!」


 何故なぜか周囲を見回す。

 いったい、なにを探そうというのだろうか?


(それより先に、わたしに謝って欲しい……)


 ――いや、待って……もしかして、血を出すって事!?


 凶器になるような物を見付ける前に、わたしは後ろからリムを羽交はがめにした。


「離しなさい、ユズ! そして、なにか鋭利な刃物を持ってきて!」


(この……ダメだ)


「サヤちゃん! 早く来て! リムをめてぇ!」


 わたしがさけぶと、


さわがしいわよ……優子ゆず


 既に隣に居た。当然のようにレン兄も近くに居る――というか、


(えっ!? うるさいのはわたしなの!)


 ――見ていたのなら、分かるでしょ!


 わたしがサヤちゃんをにらむと、


「はいはい」


 そう言って、手刀による一撃をリムに放った。

 ガクリッ――とリム。


(これ……大丈夫なのかな?)


 リムを羽交はがめにしたまま、わたしは首をかしげる。一方で、


「落ち着きなさい――璃夢りむ


 とサヤちゃん。その言葉に、


「はっ、姫様……あたしはいったい?」


 リムは目を覚ました。


 ――大丈夫なようね。


(根本的な解決にはなっていないけど……)


 良かった――とは言えないが、わたしは一旦、リムから離れる。


「そうです、血液です! 申し訳ありません……お兄様」


 怪我けがが治ってしまいました――と落ち込むリム。


(いや、治っていいんだよ)


 ――なんで誰も突っ込まないの?


「血は必要ありませんよ」


 とシキ君。少し困った様子で、


「前にも言いましたが……僕は元人間なので、吸血は苦手なんです」


 リムをさとすように告げる。


 ――【吸血鬼】なのに、それでいいのかな?


(まぁ、血が必要などと言ったら、リムがどんな行動を取るのか分からない……)


 【吸血鬼】としてのアイデンティティに関する問題だが、シキ君は美形なので、なにを言っても許されるだろう。


むしろ、首筋に牙を立てて血を吸うって……)


 ――なんだか、すごくエッチだ。


 わたしは想像して、自分の首に手を当ててしまう。


(もし、部屋の扉を開けて、シキ君がリムの首筋にみついていたら……)


 ――迷わず、回れ右をしてしまうところだよ。


「存じています!」


 とリム。その瞳は真剣だ。

 それは恋する乙女というよりも――この恋に命掛けています――といった感じだ。

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