第56話 直ぐに終わらせてやるよ


「もう一つの【術】も使いなさい」


 意外にも、リムは落ち着いた態度で言葉を返した。

 レン兄は一瞬戸惑とまどったが、


「じゃあ、遠慮えんりょなく……」


 そう言って、楽しそうに笑うと――上着を脱ぎて、上半身裸になった。


(いい筋肉ね)


 ――いや、違った。


(裸になる必要あるの?)


 ――まぁ、リム相手だと燃やされるからだろうけど……。 


「久しぶりだから、手加減出来ないかもな!」


 レン兄のその言葉に、


「望むところよ!」


 とリムは返す。


(わたしとしては、そろそろめて欲しいところなんだけど……)


 レン兄がりきみ、足を床に固定するようにる。

 すると地面が揺れた――ような気がした。


「実際に揺れた訳じゃない……」


 とトーヤ少年。

 レン兄の放つ【巫力ふりょく】に当てられた――というヤツだろうか?


 確かに、地面が揺れた訳ではないようだ。


「それよりも――」


 トーヤ少年に言われ、レン兄に視線を戻すと、彼の上半身が一回り大きくなったように見える。


「ユズでも分かるのかい?」


 その質問に、


「ええ――なんだか、よろいを着ているみたい……」


 とわたしは答える。

 レン兄の身体は引き締まった筋肉におおわれているため頑丈そうだ。


 更に今は、その上に見えないなにかをまとっているような気がする。


 ガキン、ガキーンッ!――


 レン兄が腕と腕をつけるだけで、金属のような高い音が発生した。

 思わず、耳をふさぎたくなる。


ぐに終わらせてやるよ」


 レン兄の言葉に、


「そう上手く行くかしら……」


 とリム。しかし、その表情からはいつものような高飛車な態度は見て取れない。

 彼女が緊張きんちょうしているのが分かる。


(多分、リムは負ける……)


 戦いの事は良く分からなかったが、実力差がある事だけは伝わった。

 最初と同じように、リムが距離を詰めると連打を繰り出す。


 だが、レン兄は動かない。


(いや、動く必要がないのかな?)


 その証拠しょうこに、リムは素早く身を引いた。その手や足からは血が出ている。

 何故なぜ?――とは思わない。


 ――【術】の強度が違うんだよね。


 【術者】は通常の人間より、身体能力が高い。

 それは【巫力ふりょく】により身体能力を強化しているからだ。


 それに加え、レン兄は【土】と【金】の【術】で強化を上乗せしたのだろう。

 今のレン兄の防御力は、リムのそれをはるかにしのいでいる。


 本当だったら――もう止めて!――とわたしが言いたいくらいだ。


 ――でも、それをするのはいけない事だよね。


 きっとリムはレン兄に、今まで『ありがとう』や『ごめんさい』を言いたかったのかも知れない。


(だけど、リムは素直じゃないからなぁ……)


 ――この戦いが終わるまでは、絶対に言わないよね。


 もう自分は未熟ではない事を証明したいのだろう。

 しかしそれは、レン兄も分かっている。


 サヤちゃんの【守人】として戦った事で証明出来た筈だ。

 この場の誰もが認めている。


 でも、ただ一人――リムだけがそれを認められない。


(きっと、レン兄に本気を見せる事で、それを証明したいんだよね)


 ――リムはわたしより、バカなんだよ!


 それを仕方のない事だと思いつつ、


「リム、頑張って! レン兄なんかやっつけて!」


 わたしは声を上げる。リムは返事をしない代わりに口元だけで笑った。

 一方、レン兄は――ひでえっ!――とショックを受けた様子だ。


(ゴメンね、レン兄……)


 わたしは心の中で両手を合わせ謝る。

 レン兄も、これ以上リムを傷付けたくはないから、終わらせる気なのだろう。


 頭を低くし、両手でガードする姿勢を取る。

 今のレン兄は、全身が金属の塊のような状態だ。


 最早、通常のリムの攻撃では、ダメージを通す事は出来ないだろう。

 レン兄はそのまま突撃とつげきする。


 リムは反射的に後ろに飛ぶが、かすったのか、腕から血を流して膝を突いた。


「降参するか?」


 とレン兄の言葉に、


「する訳ないでしょ」


 リムは答える。わたしとしては、これ以上見ていられなかったけれど――レン兄は次で終わらす気なのだろう。


 フラフラとしながらも立ち上がるリム。だが、ぐに動けない事に気が付く。

 レン兄の【土】の【術】だ。足を固定されている。


 リムに残された手段は、当然、炎を出す事だが――恐らく、レン兄には効かないだろう。精々せいぜい、服を燃やすのが関の山だ。


 その服も、既に脱ぎ捨てている。


「行くぜ!」


「来なさいよ!」


 明らかに勝負はついていた。それでも、リムはひるまない。


(そう……今まではずっと……レン兄はリムに対して――)


 ――互角のフリをしてくれていた。


 その関係が今日終わる。

 【術】の制御を覚えたリムだが、レン兄の強さはまだその先にある。


 レン兄が構えて突撃すると同時に、リムも炎を放つが――押し返す事など出来ずに、ただぐに吹っ飛ばされてしまった。


 ゴロゴロと床を転がるリム。既にレン兄は【術】を解いている。

 やがて止まったが、倒れたままのリムは動きそうにない。


 サヤちゃんは溜息をくと、


「それまで! 勝者――れん!」


 と声を上げた。

 わたしはヒナタちゃんを連れて、急いでリムの元へと駆け寄る。


 意識はあるようだが、朦朧もうろうとしているうようだ。

 脳震盪のうしんとうでも起こしたのだろうか?


(頭を打ったのなら、動かさない方がいいよね?)


 ヒナタちゃんではないが――どうしよう!――わたしはオロオロする。


「大丈夫よ」


 とリム。どうやら、回復したようだ。

 わたしもヒナタちゃんも――ホッ――とする。


 負けたわ――リムはそう言って上半身を起こすと、わたしを見て、


「で……誰の胸が小さくて動きやすいですって?」


 リムはニコリと笑う。


(怖い……)


「そ、そんな事――言ってないよ! ただ、わたしだったら、胸が邪魔で動きにくいと思っただけで……ハッ!」


 ――められた!


 わたしは急いで自分の口を押えるが、もう手遅れだったようだ。

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