第54話 増えてしまったわ……


白騎しき……貴方あなた優子ゆずを連れてきた目的は、これだったの?」


 サヤちゃんがシキ君に問う。


「確かに、それもありますが……」


 正直、ここまで影響が大きいとは思っていませんでしたよ――と少しおどけた態度で、シキ君は肩をすくめる。


「僕の考えでは、切欠きっかけになればいい――というくらいでした」


 と答える。わたしとしては彼の事だから――もっと色々な事を考えているのかと思ったのだが――違うようだ。


 ――勿論もちろん、隠している可能性はある。


 しかし、


「でしょうね」


 サヤちゃんは、その答えで納得したようだ。一方、


流石さすがはお兄様です♥ あたしの事を色々と考えてくださったのですね!」


 リムは完全に目がハートだ。どうしてそうなるのだろうか?


(サヤちゃんとリム、二人の事だよ……)


 ――とは突っ込まないでおこう。


 要するにシキ君としては、わたしが二人と接触する事で――過去のわだかまりを解消してくれる切欠きっかけになればいい――と思っていたらしい。


なんて事はない――)


 彼はただ、わたしの【怪異】としての能力ではなく――二人の友達になってくれそうだったから連れて来た――それだけのようだ。


 確かに――最初から二人との距離が近いシキ君では――逆に難しかった事なのかも知れない。


 利用されたのはしゃくだが、結果的に二人の――


(いえ……皆の役に立てたのだから、今回は良しとしますか)


 わたしは――やれやれ――と肩をすくめる。


(色々とあった所為せいか、なんだかすごく疲れた気がする)


 ――でも、まだやる事がある!


「サヤちゃん!」


 わたしは駆け寄ると、


「彼はどうするの?」


 そう言って、レージを指差した。

 一応、動けないとはいえ、危険である事に変わりはない。


「もちろん、殺――なにか、考えがあるのかしら?」


 サヤちゃんは言い直した。

 【怪異】といえど――人の姿をしていて、知恵もある。


 危険な存在だが――ただ殺すのでは人間を殺す事と大差ない――と思った。

 なので――


「わたしにまかせてもらっても……いいかな?」


 リムもシキ君も、黙ってサヤちゃんを見詰めている。

 しばしの沈黙の後、


「分かったわ」


 とサヤちゃん。許可も取ったので、わたしはレージのそばに行く。


「クフフッ……結局、このざまですよ」


 レージは強がっているのだろうか? それともあきらめているのだろうか?

 わたしには分からない。


「まるではりつけですね……採取された昆虫の気分です」


 などと自虐じぎゃく的な台詞セリフいた。


「このままだと、サヤちゃんに殺されちゃうよ……」


「他の連中と一緒ですよ――それぞれの帰る場所――そこへ帰るだけです」


 【怪異】が何処どこから来て、何処どこへ行くのか――今のわたしは答えを持ち合わせていない。


 ただ、彼には迷惑を掛けられた。

 帰ってもらうのは、その分を徴収ちょうしゅうしてからでもいいはずだ。


「助けてあげようか?」


 わたしの言葉にレージは――意味が分からない――という表情を浮かべる。


(本当はわたしだって、こんな奴は助けたくない……)


 ――でも……こんな奴でも。


(今のサヤちゃんに、余計な殺しはして欲しくない……)


「わたしは【魔女】になる事にしたよ――」


 レン兄が意地を通すように、ヒナタちゃんが【神子みこ】になる事を選んだように――


(人は誰かと関わる事で、変われるんだよ!)


 今回の件について、利用された事には腹が立つ。

 でも、それよりも――


(わたしが戦えなかった事の方が……自分が弱い事の方が……)


 ――腹立たしい。


「【魔女】には【守人もりと】の他に――【使い魔】が必要でしょ?」


 わたしは悪戯いたずらを思い付いた子供のように微笑む。


「その妖艶ようえんな微笑み――まさしく、【魔女】ですね」


妖艶ようえん? お腹空いてるだけなんだけど……)


 レージはそう言うと、あきらめたように項垂うなだれるのであった。

 【契約】の方法は知っている。


 わたしの影を媒介ばいかいにすればいい。

 彼とのつながりが安定すれば、なにか別の道具に宿ってもらうとしよう。


(そうだね……時をあやつるのなら、時計でいいかな?)


「じゃあ、始めるよ」


 わたしの言葉に、


「好きにしてください……」


 そう言って、レージは目をつぶった。

 抵抗されなかったので、【術】自体はとどこおりなく終わった。


 彼はわたしの影の中に入り、しばらくは休眠状態となる。

 一瞬、両手を上げて喜びそうになったが――ハッ!――とする。


 原因は分かっている。【巫力ふりょく】の使い過ぎだ。

 お腹が空くのは勿論もちろんだが――チリチリと服が消えて行く。


 どうやら【術】で作った服を維持する【巫力ふりょく】すら、残って居なかったようだ。


「い、嫌あぁぁぁぁっ!」


 わたしは裸である事に気が付き、慌ててその場にしゃがみ込んだ。


(以前も、こんな事があったような気がする)


 ――いや、外なので……これではただの変態だ。


「ユズ! 貴女あなたは本当に学習しないね……」


 トイレは大丈夫?――とリムがあきれる。


(そっちは大丈夫だよ!)


 そのかんに――これを――とシキ君。深紅の外套マントを用意してくれる。

 今回はわたしへは近づかず、サヤちゃんにそれを差し出した。


 受け取った彼女は溜息をくと、


「仕方ないわね」


 その外套マントをわたしに掛けてくれる。


「ううっ、ありがとうだよ……」


 お礼を言うわたしに対して、


「世話の焼ける家族が一人――増えてしまったわ……」


 とつぶやくのだった。

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