第53話 心の在り方ひとつで……


ひどい……恰好ね」


 サヤちゃんは笑った。


(もうっ、ひどいのはどっちだよ! 笑うなんて――)


 ――ん⁉


 わたしはサヤちゃんが笑った事におどろく。

 その一方で、


璃夢りむ……ゴメンなさい」


 とサヤちゃん。続けて、


「私と一緒に戦ってくれるかしら?」


 そう告げると、何故なぜかリムに仮面マスカレイドを差し出す。

 当然、仮面舞踏会に行く訳ではない。リムは、


「姫様があやまる必要はございません」


 あたしは心の何処どこかでおびえていました――とひざまずく。そして、


「また、暴走してしまうのではないかと……」


 今度はリムがわたしを見た。


 ――どういう事だろう?


(考えられるのは――以前、暴走した事がある――という事だよね)


「今は大丈夫よね?」


 サヤちゃんの言葉に、


「ユズのお陰です」


 リムは答える。


 ――はて、益々ますます意味が分からないぞ。


(わたし、なにかしたっけ?)


 頭をひねるが答えは出て来そうにない。

 気が付くと、わたしの身体を包むリムの白炎も消えていた。


「危ないから、下がっていなさい!」


 ぐに終わるわ――とリム。

 わたしはその言葉に――うん、頑張ってね――と返して、物陰に隠れた。


 気付くのに遅れたが、すでに二人は気付いていたのだろう。

 ゆっくりと――帽子を被った少女が、こちらに向かって歩いて来る。


 葉が一切生えていない――しかし、太い木々の枝が、少女の歩く速度に合わせて、まるで生き物のように並んで動いていた。


 そして、その木の枝に運ばれているのはレージだ。

 正確には、彼は紅い半透明の球体に包まれ、ぐったりとしていた。


 良く見ると、その四肢には赤く鋭利な槍のようなモノが刺さっている。


 ――シキ君の【魔法】なのかな?


 どうやら、それが【結界】としての役目を果たしているようだった。

 レージの動きを封じると同時に、【怪異】は手出しをする事が出来ない。


(つまり、帽子の少女はレージを食べられずにいる?)


 ――でも、次はサヤちゃんを狙っているみたい。


 もしかしたら――【怪異】を食べる――それを覚えた事で、食事への衝動しょうどうおさえられなくなったのかも知れない。


「好都合だわ」


 とサヤちゃん。すでに、その隣にリムの姿はなかった。

 ただ、サヤちゃんの手の内にある仮面マスカレイドが赤く燃えている。


 ――サヤちゃんの【月】の【術】で、リムがあの仮面マスカレイド憑依ひょういしたのかな?


(確かに、サヤちゃんは強いけれど……)


 それはきっと、シキ君が守っていたからだろう。

 あの外套マントは防御能力に特化している。


 だが、彼女の武器は刀だ。そのため、三人もの【怪異】の能力を吸収した帽子の少女には、やや火力不足な気がする。


 帽子の少女もそれが分かっているのか――ウガアアァッ!――と獣のような咆哮ほうこうを上げた。


 それと同時に少女の身体が突如ふくれ上がる。

 獣の【怪異】の能力だ。


 その姿は、すでに少女の原型をとどめてはいない。

 毛むくじゃらの巨大な怪物へと変わってしまった。


 二本の剛腕が伸び、鞭のようにしなる。これは紅間あかまの能力だ。

 だが、一度戦ったわたしには分かる。


(明らかに遅いよ!)


 アスファルトの地面が音を立て、粉砕された。

 確かに威力は高い――だが、これではサヤちゃんに当たる事はないだろう。


 更に体毛にまぎれて、木の根のような植物が伸びる。

 それは次々に枝分かれして、蜘蛛くもの巣のように張りめぐらされた。


 まるで、サヤちゃんの逃げ場をふさぐかのようだ。

 だが――


「燃えてる……」


 わたしは思わずつぶやく。


 ――そうなのだ!


 【怪異】の剛腕、植物の根――サヤちゃんに近づくモノ。

 そのすべては炎に包まれる。


 そして――焼かれてしまった。


(これがリムの能力……)


 ――いや、リムとサヤちゃんの能力だ!


 仮面マスカレイドをつけたサヤちゃん自身も赤く燃えている。

 ゴオオオオォッ!――と炎の音が聞こえて来るほどの熱波。


 【怪異】は炎の熱に苦しみ後退するが、それを逃すサヤちゃんではない。

 炎の塊となった彼女は――ただただ、勢い良く【怪異】へと走り出した。


(まるで炎の鳥みたい……)


 そして、刀を振るう。その刃も、ただの刃ではない――炎の刃だ。

 更にき出した炎が推進力を生む。


 結果として、サヤちゃんの力と速度を上げている。

 これが――能力を使う――という事だ。


 シュンッ! シュンッ! シュパンッ!――


 【怪異】の攻撃を、腕を斬りつけながら、燃やしながら――サヤちゃんは【怪異】の身体に飛び乗り、一気に駆け抜けた。


 炎をまとっているため、それだけでも十分な効果がある。

 だが、彼女はまらない。


 最後に【怪異】の顔を十字に斬りつける。

 リムの言った通り、勝負はあっという間についてしまった。


 断末魔だんまつまだろうか――【怪異】が悲痛なさけび声を上げながら、全身を炎に焼かれ、紅い光の粒子となって消えて行く。


 それを背景に、リムとシキ君が再び姿を現した。


「二人とも、お見事です」


 そう言って、微笑むシキ君に対し、


「当然よ――と言いたいところだけど……」


 とはサヤちゃん。


「お兄様、くやしいですが……今回はユズのお陰です」


 本当にリムはくやしそうだったが、それはわたしに対してではなく、今までの自分に対するモノなのだろう。


「心の在り方ひとつで……こうも【術】に影響が出てしまうなんて――」


 リムは燃えつつも、紅い光の粒子となって消えて行く【怪異】のむくろを見詰めた。

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