第52話 でもね、大好きなんだよ!


「まったく……どうしてユズはぐ、そういう事を――」


 リムはそう言って――仕方のないね――みたいな顔をする。

 わたしとしては、本当はもっと色々な事を話したかった。


(けれど……)


「リム、聞いて! 【怪異】は後、二人残っているの!」


 と彼女の肩をつかむ。そして、


「一人はあのトキトー先輩に化けていた【怪異】で、もう一人が仲間の【怪異】を食べる事で強くなるみたいなの!」


 思わずまくし立ててしまった。しかし、


「そうなの……」


 リムは素っ気ない態度を取った――いや、なにか考えている様子だ。

 わずかな沈黙の後、


「大丈夫よ、ユズ」


 そう言うと、わたしの手を引いて歩き出す。


「あのね! そのもう一人の【怪異】の狙いは、きっとトキトー……うんん、レージを食べて強くなる事で――」


 わたしはなおも説明しようとしたのだが、ある事に気が付いた。

 次第にだが、リムの身体から炎が上がっている。


 どうして気が付くのに遅れたのか――といえば、今までとは違う白い炎だったからだ。それに熱くもない。その炎は次第に大きくなり、リムの全身をおおう。


 当然、彼女とつないでいる手を通して、わたしにも燃え移った。

 そして――リム同様、わたしの身体をおおう。


「アレじゃない?」


 とはリム。丁度、道路の対角線上のビル――その屋上に視線を向けると、なにやらあかいモノがヒラヒラと風で揺れているのが見えた。


「もう少し、近づきましょう」


 そう言って、け足で立派な方のビルへと移動すると、そのままエレベーターへと向かった。


 わたしが捕まっていた無人のビルとは違い、こちらのビルのエレベーターは普通に動くようだ。


「もしかしたら、においで気付かれる可能性もあったのだけれど――」


 この炎をまとっていれば大丈夫ね――とリム。その言葉に、


すごいね! いつの間にそんな【術】を覚えたの?」


 わたしは質問する。だが、


「ユズが使えるようにしてくれたんじゃないの?」


「えっ、そうなの?」


 わたし達はお互いに首をかしげる。


(リムも……可笑しな事を言う時があるんだね)


 ――わたしに、そんな能力がある訳ないのに?


 エレベーターはぐに止まった。

 他に誰も利用していないので、思ったよりも速い。


 どうやら、このビルは他のビルよりも高いらしい。

 フロアの窓からは、別の建物の屋上が良く見える。


 そのため、ぐに帽子の少女を発見する事が出来た。


「居たね!」


 わたしの言葉に、


「恐らく、あの視線の先に姫様が――」


 ――居た!


 ビルとビルの間を飛んだり、側面を走ったり、アクロバティックな動きをしている。一方でレージは――なんとか逃げている――といった様子だ。


 空が青に戻ったため、逃げる事を選んだのだろう。

 しかし、それを許してくれるサヤちゃんではない。


 確実にダメージが蓄積している様子だった。

 決着がつくのも時間の問題だ。


(だから、あの【怪異】も様子をうかがっているのか……)


「覚悟は出来ている?」


 とはリム。当然、わたしはうなずく。


 ――うん!


(でも……どうするの?)


 そんな質問をする暇もなく、リムはガラスを【術】で壊した。

 どうやら、警報装置は作動しないようだ。


 物凄ものすごい勢いで風が吹く。

 平気なのは、リムの白い炎のおかげだろう。


 リムはそのままの態勢で更に火球を作り出し、それをサヤちゃん目掛けて飛ばす。

 当然、ぶつけるつもりではない事は分かっている。


 その炎のかたまりは途中ではじけて消えた。


(まるで花火みたいだ!)


 一方、予期していなかった出来事に、レージは警戒し距離を取ろうとする。

 しかし、サヤちゃんがなにかを投げると彼はそのまま落下した。


 帽子の少女の姿が消える。

 サヤちゃんはそれを無視して、わたし達の方にやって来た。


 するとサヤちゃんがまとっている外套マントび、わたし達を包み込んだ。

 気が付くと外に居て、アスファルトの地面に座り込んでいた。


「待っていたわ」


 とサヤちゃん。それに対し、


「お待たせして申し訳ございません――姫様」


 リムは答える。わたしと違って、すまし顔で立って居た。

 一方で、わたしも急いで立ち上がり、


「それより、サヤちゃん! レージは⁉ 食べられちゃうよ!」


 とあわてる。だが、


「状況は【魔女】から聞いているわ」


 いつもの落ち着いた様子でサヤちゃんは答える。


 ――なるほど、ネムちゃんから状況を聞いていたのね!


(念話だよね! シキ君が居るから、上手くコントロール出来ているみたい)


流石さすがに【怪異】が五体も居るのは、想定外だったわ……」


 とサヤちゃん――優子ゆずのおかげね――とつぶやくように言った。


(わたし、なにかしたっけ?)


 ――もしかして、わたしがさらわれるのも計画だったの?


 気にはなるが、今は一刻も早く【怪異】を倒す事が先決だ。

 でも、それよりも――


「サヤちゃん!」


 わたしは声を掛ける。


「わたし、許してないからね! お兄ちゃんの事……」


 反応したのはリムで――貴女あなた、まだそんな事を――とわたしに言う。

 だが、サヤちゃんに手で制され、それ以上はなにも言わなかった。


「嫌い、嫌い、大っ嫌い!」


「そう……それだけ?」


 とサヤちゃん。わたしは首を横に振ると、


「でもね、大好きなんだよ! だから、この戦いが終わったら、全部教えて……」


「――分かったわ」


 サヤちゃんはそう答えた後、わたしに背を向けた。

 そして一度、足を止めて振り返り――


「それを言うために、こんな危険な場所に来たの?」


「そうだよ……誰だって、嫌われたままじゃ嫌でしょ」


 わたしは信じている。

 今のわたしの言葉なら、サヤちゃんに届くって――


ひどい……恰好ね」


 そう言って、サヤちゃんは笑った。

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