第五章 それぞれの帰る場所

第44話 貴方達の敵になる


 青かった空がくずれ落ち、すべてがあかく染まった頃――


「では、終わるまで――大人しくしていてもらいますね」


 とレージ。

 雰囲気は残しつつも、その姿は以前、学校で会った時とは異なっていた。


 清潔感のあった髪はやや乱雑らんざつに伸びている。

 健康そうだった肌の色は何処どこか青白く、眼球は漆黒に染まっていた。


 スーツをイメージしているのだろうか?

 黒と白を基調としたフォーマルな姿は――出来る男――といった風体ふうていだ。


 ただ、わたしとしては……その姿から悪魔を連想する。

 それでも――


「あら、随分ずいぶんと男前になったじゃない」


 わたしは彼に嫌味を言うが、


「キミこそ、ワタシを恐れなくなったようですね」


 クフフッ――と笑い返された。彼は続けざまに、


「この世界はキミが終わらせたのですよ」


 楽しそうに言う。


(わたしが終わらせた?)


 意味が分からない。


「本来はワタシが手に入れる予定の世界ちからだったのですが、キミに奪われてしまいました」


「どういう事?」


 わたしの問いに、


「そもそも、ワタシが契約していたのですよ――彼女と」


 彼はそう答える。


(彼女……ショーコの事ね)


「彼女との契約の内容は、いじめられている彼女を救い出す――学園の王子様を演じる事……」


「王子……貴方が?」


 今の彼はどう見ても、魔王の側だ。


「誰でも、一度くらいは想像するのではないですか? 理想の異性が現れて、一緒に現状を打破してくれる――と」


「つまり、ショーコはわざいじめられていた――という事?」


「はい!」


 ご明察――と何故なぜかレージは喜ぶ。


「いやぁ、参りました――まさか、いじめから救う存在が現れるとは……」


「ソイツはそういう奴なのよ」


 と口を挟んだのは紅間あかまだ。

 彼女にも問い詰めたい事はあるが、今はレージの話を聞こう。


「彼女は一人――あの喫茶店で過ごす予定でした」


「そこに、わたしが声を掛けてしまった――」


(正確には、ぶつかったんだけどね……)


「そうですね……周りの皆が楽しそうにしている中、一人孤独を味わう――自分は周囲の人間とは違う――そう考えるはずでした」


 ショーコと初めて会った時の事だ。


「そして、学校での再会――まさか、お昼を一緒に食べる事になるとは……」


(一人でコソコソしていたショーコに、わたしが声を掛けた時ね)


「あの出来事で『友達』というモノを意識してしまった――孤独であったはずの彼女が……」


 レージはまるで、悲劇が起こったかのような口調で語る。


「これは不味まずい――と判断したワタシは紅間さんに頼んで、ワタシに好意を持つ女子生徒達を利用しました」


(サヤちゃんが教えてくれなかったら、危ないところだったのよね)


 クフフッ――とレージは笑う。


「どうやら、高い能力を持つ【神子みこ】は、見る能力にも優れていたようです」


なんの事だろう?)


「分かりませんか……紅間さんの【術】に掛かった人間からは、紅いもやのようなモノが発生してしまうようです」


「つまり、サヤちゃんには……先輩達が【術】に掛けられていた事が――ぐに発見出来た――って事⁉」


(だから、教えてくれたのか……)


流石さすがは【神子みこ】です。【術】も解かれてしまいました」


 アレには参りましたよ――と楽しそうに語るレージ。

 一方で――フンッ――と紅間は面白くなさそうに腕を組み、そっぽを向いた。


「そして、最後は――身をていして彼女をかばうキミの姿に、完全に契約が上書きされてしまいました」


「何で、そんなに嬉しそうなのよ!」


 紅間はそう言って、レージをにらみ付ける。

 だが、何処どこ吹く風といった様子で、彼は気にも留めていない。


「彼女は思ったのですよ――キミと『友達』になりたい――と……本気で!」


 アハハッ――とレージは声を上げて笑った。


「くだらない……実にくだらない! 『友達』?――そんなモノにワタシは負けたのです!」


 言い終えた途端とたん、彼は――ピタリ――と止まる。

 それこそ、時間が停止したかのようだ。


 わずかな静寂せいじゃく――


「キミは何者ですか?」


 元々、真っ黒なその眼球で、彼はわたしを見詰めた。

 怖い――いつもなら、そう思うのだろう。


 でも――


「バカにしないで!」


 わたしは言う。


「人間だもの――誰だって妄想するし、都合のいい未来を想像する……」


(ソレの何がいけない!――というのだ)


 わたしにとって、ショーコは普通の女の子だ。

 それを彼は……彼らは――まるでゲームのこまのように扱う。


(ショーコは、この世界を紅く染めるための道具なんかじゃない!)


「だったら……わたしは――貴方あなた達の敵になる」


 だが――今度はレージ以外の全員が笑った。紅間は勿論もちろん、顔に殴られた後のある髭の紳士、毛むくじゃらの獣――そして、帽子を被った少女。


 ただ、レージだけは静かに、わたしを見下ろすように見詰める。

 そして、その場の全員に黙るように手で合図を送ると、


「敵ですか……」


 その表情からは、感情が一切読み取れない。


「な、何よ!」


 そう言って、にらみ返すわたしに、


「キミが彼女の『友達』になったから、契約が成立し――」


 嫌だ――途轍とてつもなく、嫌な空気だ。

 レージは静かに告げる。


「世界が紅く染まったんですよ」


 【怪異】の夕月ゆづきさん――と。

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