第43話 キミが居るべき世界


「アタシは姫様にも、笑顔になって欲しいです……」


 リムのその言葉に、


「分かったわ」


 とサヤちゃんはうなずく。


(良かったよ)


 わたしは安堵あんどした。

 だが、サヤちゃんは何故なぜか刀を下ろしてくれない。


「サ、サヤちゃん?」


優子ゆず陽詩ひなたとそのを連れて、隠れてなさい」


 わたしは訳が分からなかったのだが、言われた通りに動こうとした。

 だが、動かない。


 ――なんで?


「それは少し……困りますね」


 と現れたのは――多分、トキトー先輩だ。

 今のわたしは振り向けないので、声しか分からない。


(いえ……こんなところに現れるのだから、先輩の正体は――)


「【怪異】だったの!」


 ――ううっ、なんで動けないの⁉


「気付かれている――と思ったのですが、鈍いようですね」


「そのだけよ」


 一閃いっせん――ヒュンッ――と刀がくうを切る音がした。


「おっと、時間を止めているのですが……動けるのですね」


 そちらの……夕月さんといいましか?――と【怪異】は言う。


「彼女も意識があるみたいですし――」


随分ずいぶんと余裕ね」


 サヤちゃんの言葉に、


「そうでもありませんよ――本来なら、そこでうずくまっている彼女との契約を終えて、もう一段、上の能力を得ている予定でしたが……」


 どうにも今回は、想定外の事が多過ぎます――【怪異】は溜息をいた。


「でしょうね」


 とサヤちゃん。なんだか視線を感じる。


(わたし、またなにかした?)


 トキトー先輩は、


「まさか、契約の上書きをされるとは……」


 とつぶやく。ニュアンスから――トホホ――といったところだろうか?

 再び、刀がくうを切る音がする。


(サヤちゃんは動けているみたい……)


 ――でも、どういう事だろ?


 リムやヒナタちゃんは静止している。


(そういえば、時間を止めている――って言ってたよね)


 理屈は良く分からないが、現状は理解した。


 ――どうにかしなくちゃ!


 とはいっても、自分に出来る【術】は限られている。

 後は助けを呼ぶくらいだ。


 ――助けて!


 うーん――とわたしは念じる。すると、


 ――きゅるるるるぅ~。


 お腹が鳴った。


「緊張感がないのね……」


 とサヤちゃん。顔が見えなくても、呆れているのが分かる。


「サヤちゃんこそ、大丈夫なの?」


 そんなわたしの問いに答えたのは、【怪異】であるトキトー先輩だった。


「彼女は、キミ達をかばっているので、行動出来る範囲が限れているのですよ」


 とは言っても……ワタシも時間は掛けたくないので――と告げた。

 距離を空けたのだろう。気配が遠ざかる。


 同時に――パチンッ――と指を鳴らす。


「おっと!」


 わたしは動けるようになったので、思わず声を上げてしまった。

 リムやヒナタちゃんは状況を理解していない様子だ。


白騎しき、お願い!」


 サヤちゃんの言葉で、彼女が身に着けている外套マントが広がる。

 わたし達の上に覆い被さるように、巨大な何かが降って来た。


 衝撃と共に、周辺の建物が倒壊する。



 ▼▲▼  ▼▲▼



(いったい……なにが起こったの?)


「ヒナタちゃん、大丈夫?」


 わたしはしがみ付いていた彼女に尋ねる。

 周囲は倒壊した建物から出た粉塵で良く見えない。


「うん、姫様が守ってくれたよ」


 とヒナタちゃん。


(そういえば、なにか黒いモノが上から被さったような気がする)


「では、脱出しましょうか?」


 わたしの背後で男性の声がした。トキトー先輩だ。


「へ?」


 思わず、間抜けな声を上げてしまうわたし。

 次の瞬間には、黒いもやのようなモノに全身を包まれていた。


(これって、シキ君が使っていたヤツ⁉)


 サヤちゃんの声が聞こえたような気がしたが、すでに景色は変わっていた。

 き出しのコンクリート。四角い部屋。


 何処どこかのビルの一室だろう。


「ようこそ、我々の根城に――」


 とはトキトー先輩――いや、レージだ。

 わざとらしい態度で、仰々ぎょうぎょうしくお辞儀じぎをする。


「お姉ちゃん……」


 ヒナタちゃんだ。

 わたしにしがみ付いていたから、一緒に連れて来られてしまったようだ。


 大丈夫だよ――小声で告げた後、


「わたし達をどうするつもり?」


 と質問する。


「簡単な事ですよ」


 彼が答えると、数人の男女――それ以外の者も姿を現す。

 その中には『紅間あかま林檎りんご』も居た。


 でも、それよりも、わたしが気になっていたのは――


(やっぱり、ルカ君だ……)


 どういう訳か、紅間に付きしたがっている。


「夕月さん、キミには――ワタシ達の仲間になって欲しいのですよ」


 そう言って、彼は両手を広げた。


(絶対、嫌なんですけど……)


 断ろうとしたのだが――パリンッ。


「外を見てください」


 パリンッ、パリンッ――何かが割れる音だ。

 わたし達は言われた通り、窓から外を見ると、


「空が……割れている?」


 青かった空にはひびが入り、まるでガラスのように砕け散っていく。

 そして現れたのは――


「紅い空……」


 かつては違和感なく、それが当たり前だと思って暮らしていた。

 本来なら――なつかしい――と感じるべきなのだろう。


 でも今は――本当の空を知ってしまった今は――不気味でしかない。


「もう一度問いましょう――ワタシ達の仲間に……本来、キミが居るべき世界に戻りませんか?」

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