第45話 お姉ちゃんを虐めないで!


 わたしが――この世界を終わらせた――という事?


(ダメだ……わたし自身が現実を受け入れる事を拒否している)


 考えがまとまらず、自失茫然じしつぼうぜんとしている。

 そんなわたしの様子に気が付いたヒナタちゃんは、


「お姉ちゃんをいじめないで!」


 と両手を広げ、わたしをかばうように前に出る。

 朦朧もうろうとした意識の中で――ダメだよ――わたしは手を伸ばしたが、


 ドカッ――


 次の瞬間、ヒナタちゃんの姿が消えた。

 代わりにその場に出現したのは、鞭のようにしなかいな


紅間あかまさん……」


 上っ面だけの困った表情を作るレージ。一方で紅間は楽しそうに笑う。


「サッサと――洗脳してあげようかしら?」


 今度はその異形の腕で、わたしの首をめた。


 ――く、苦しい……息が出来ない。


(いえ、それよりも……)


 紅間によって、殴り飛ばされてしまったヒナタちゃんだ。

 打ちどころが悪かったのか、床に倒れたまま――ピクリ――とも動かない。


「ゴメンなさい――殺しちゃったかしら?」


 と相変わらず、耳障みみざわりな声で楽しそうに笑う。

 この女は……人を傷つけて、何がそんなに楽しいのだろうか?


 まるで別の生き物のように、ウネウネと動く彼女の腕をわたしはつかむと、


「放せ」


 と【黒魔術】を使って命令する。すると、


「うっ」


 紅間はいている方の手で頭を押さえ、ヨロヨロと後退こうたいする。

 当然、わたしをつかんでいた手も同時に離す。


 トサッ――


 床に落とされたわたしは――ケホッケホッ――とむせながらも、動かなくなったヒナタちゃんに近づく。


 そして、絶望する。


(息をしていない⁉)


「嘘……だよね」


 とわたし。ヒナタちゃんを抱き起こす。

 クタッ――まるで首が座っていない赤ん坊のように頭が垂れる。


(嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌――っ!)


 わたしは声にならない悲鳴を上げた。


「どうして――どうして、わたしなの……」


 わたしが居なければ、お兄ちゃんは死ななかった。

 サヤちゃんは、お兄ちゃんを殺す事もなかった。


 わたしが居なければ、この世界は終わらなかった。

 ヒナタちゃんが死ぬ事もなかった。


(何もかもが、嫌になった――)


「わたしは、らない存在なんだよ……」


 涙がこぼれる。


「ゴメンね――ゴメンね――ヒナタちゃん」


「まったく、余計な事を――」


 そう言ったのはレージだ。紅間は、


「だってアタシ……その、嫌いなのよ」


 と言って――フフフッ――と笑う。そして、


「でも、今は好きよ――だって、アタシをこんなにも、楽しい気持ちにさせてくれるのだから♥」


 凄く嬉しそうな表情を浮かべる。

 まるで、極上のスイーツを味わっているかのようだ。


「悪趣味ですな」


 とは髭の紳士――おお、痛い――と怪我をしている頬をさする。

 恐らく、レン兄に殴られたのだろう。


 【木】の属性による攻撃を仕掛けてきたのは、この男のようだ。


「どうしたのです――老公ろうこう?」


 レージの言葉に、


老公ろうこう言うな!」


 そこまで年寄りじゃないわい――と反論した。


「しかし、あの青年――いくら痛め付けても立ち向かってくる」


 もう、戦いたくないのう――紳士は、その自慢の髭をいじる。


「さて、ワタシ達はもう行きますね」


「……」


 反応のないわたしに――やれやれ、聞こえていませんか――とレージは肩をすくめた。


「そう言えば――【神子みこ】は単独で行動している――という話ではなかったのか?」


 文句を言う髭の紳士。


「それは紅間さんの情報ですよ」


 レージはそう言って、文句の矛先を変える。一方、


「アタシの所為せいにしないでくれる! この女の所為せいよ――この女はいつも、ゾロゾロと仲間を連れてくるのよ!」


 と紅間は怒った。


「どうやら彼女が居ると――想定外の事ばかり、起きてしまうようですね」


 そう言って――クフフッ――と笑うレージに、


「だから……何で楽しそうなのよ!」


 今度は紅間が文句を言う。

 だが、レージはそんな紅間の言葉を無視すると、


「では、ワタシ達は【神子みこ】を始末してきますね」


 彼は、わたしにそう告げた。まるで――ちょっと、そこまで散歩に行ってくるよ――とでも言っているかのようだ。


「ワシとお嬢ちゃんで一人ずつ倒したから……残りは――」


「【神子みこ】とその【守人もりと】だけでしょ?」


 髭の紳士の言葉に、紅間が面倒そうに答える。


「なるほど……では、楽勝ですな」


 全員で行く必要などないのではないか?――そんな髭の紳士の言葉に、


「なら、アタシが留守番をしてあげるわよ」


「いや、そこはワシだろうに――もっと、年寄りをいたわれ」


「あぁん! 都合の良い時だけ、年寄りってんじゃねぇぞ!」


 と紅間。これが彼女の素なのだろう。

 おお、怖い――と髭の紳士。


「本当にまとまりがないですね」


 レージが楽しそうに言った後、帽子の少女はなにやら手を上げた。

 すると同時に、彼女を中心に黒い霧が発生する。


 そして、【怪異】達の姿が忽然こつぜんと消える中、


「では、夕月ゆづきさん……これでキミの帰る場所はワタシ達の元だけになりますね」


 レージはそう言い残して、姿を消した。


(レン兄もトーヤも、殺されちゃったのかな?)


 今のわたしには、逃げ出す気力さえない。

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