第42話 笑顔になって欲しいです……


「待って! サヤちゃん!」


 わたしはその光景を見て、さま声を掛ける。

 そこには――刀を抜いた彼女が立っていた。


 その場でうずくまっているのはショーコだ。


(良かった……まだ生きている!)


 はて……どうして、そう思ったのだろうか?

 同時に、わたしの記憶がフラッシュバックする。


(やっぱり、【黒魔術】を使った所為せいかな……)


 紅い空――せまい兄の部屋。

 割れた窓ガラスの破片が散乱している。


 だが、それよりも外套マントに身を包んだ少女の存在だ。

 手に持ったその刃で、兄の身体をつらぬいている。


 刃の先へと血が伝わり――ヒタヒタ――と床へ落ちて行く。

 わたしは理解出来ずに口を押えると、その場を後退あとずさった。


 しかし、ぐに廊下の壁に背中が当たってまう。

 そのまま、壁伝かべづたいに逃げようとしたのだが、その後の記憶がない。


 恐らく、気絶させられたのだろう。


(全部……思い出したよ)


 わたしはショーコをかばうように立ちふさがった。

 もう、あの時とは違う――今は恐怖よりも、怒りがまさっている。


 沸々と湧いてくるのだ。どうしようもない程に……。


「へぇ、そういう顔も出来るのね」


 とサヤちゃん。彼女の表情は相変わらず、変化にとぼしい。

 めて!――と言おうとして、その言葉が意味のない事に気が付く。


(サヤちゃんは、それじゃまってくれないよね)


「わ、わたしが相手よ!」


 そう言って彼女をにらんだ。サヤちゃんは失笑すると、


「ふふっ、私に貴女あなたが殺せないと思っているの?」


 甘いわね――刃の先をわたしの顔へと向ける。


退きなさい……そのに、貴女あなたが命をけて守る価値はないわよ」


 冷たい言葉だ。


「そんな事、言っちゃダメだよ!」


 憎いけど、許せないけど――悲しくなる。

 わたしはサヤちゃんの事が好きなのだ。


「価値があるとか、ないとか――違うんだよ!」


 わたしの兄が殺された理由――それはわたしが【怪異】だからだ。

 人間じゃないからだ。


 幼少期からの数年間……その事に気付かず、人間として暮らしてきた。


「助けたい、仲良くしたい、抱き締めたい――それじゃダメなの?」


 わたしはうったえる。時間稼ぎであれば良かった。

 生憎あいにく、そんな事を考える余裕は、わたしにはない。


 サヤちゃん達の見解では――自我のない低級な【怪異】――というモノだった。

 いくつかの偶然が重なった結果、生まれた存在――それがわたしだ。


 仮説として、一匹のウサギが居たとする。

 たまたま少女が飼っていたウサギが死んだ。


 低級の【怪異】だったわたしは、それに取りく。

 その時はまだ自我は無い。少女が願った事が引き金になる。


 【怪異】は人の願いをかなえるモノだ。その代償として世界を侵食しんしょくする。

 どんな人間だろうと、生きている以上はその世界の一部なのだ。


 まだ世界を知らない小さな少女の願いが、その【怪異】に切欠きっかけを与えた。

 少女の気が変われば終わる。大人が捨てろと言えば終わる。はかない世界だ。


 それでも、世界は少しだけ侵食しんしょくされた。


「わたしはサヤちゃんを許さない! 絶対に許さない!」


 それは、わたしが【怪異】だからじゃない。


(お兄ちゃんの事が、大好きだったからだよ!)


 勝手に人のプリンは食べるし、わたしの事を天使だと言って友達に自慢する。

 朝は真面まともに起きれないし、食事もろくに取ろうとしない。


 正直、鬱陶うっとうしいとさえ、思う時もあった。


「でもね、今は皆が家族だよ……お願い、サヤちゃん。わたしの家族になってよ!」


 絶対に、ショーコは傷付けさせない。

 友達も家族も、今のわたしには両方必要だから――


「ユズ……私には、白騎しきが居ればいい――彼だけでいい」


 だから、退きなさい――それが彼女の最後通告だろう。

 死んだウサギは生き返った。でもそれは【怪異】が取りいたからだ。


 しかし、少女には関係がなかったのだろう。

 おさなくして両親を亡くし、別々の家に引き取られ、兄とも別れる事になる。


 一緒に居てくれたのは、そのウサギだけだった。

 やがて年月が経ち、兄が迎えに来る。


 でも、遅かった。少女は死に、冷たくなっていた。

 周りは事故だと言っていた。


 だが、誰かが少女を気に掛けてくれていれば、防げた事故だ。

 絶望する兄――その兄である青年に【怪異】であるウサギは提案する。


「家族に……なってよ」


 わたしの言葉は、サヤちゃんには届かない。

 だから――


「リム! お願い、サヤちゃんを助けて!」


 サヤちゃんのかたわらに立って居る、わたしの友達。

 彼女に助けを求める。


「リムの言葉なら……きっと、サヤちゃんに届くから!」


 ――サヤちゃんは大嘘つきだ。


(シキ君だけが居ればいい?)


 ――そんなはずないのに……。


「これ以上、サヤちゃんに――わたしの家族に、人を殺させないで!」


(そんな人間をリムやレン兄、トーヤやヒナタちゃんが好きになるはずないよ!)


 今思えば、シキ君は知っていたのだろう。

 わたしの【怪異】としての本質を――


「姫様!」


 とリム。いつの間にか、ヒナタちゃんもわたしにしがみ付いていた。

 それでも微動だにしないサヤちゃんに彼女は言う。


「ユズはバカです――」


(酷い!)


「言う事は聞かないし、余計な事ばかりするし、食い意地も張ってます」


(リム……それ、今必要?)


「良いところなんて、一つもありません!」


「ちょっと、リム! 言い過ぎだよ!」


(一つくらいはあるはずよ!)


 わたしが抗議すると――黙ってなさい!――とにらまれる。

 そして、リムは続ける。


「でも、皆が笑顔になるんです――アタシは姫様にも笑顔になって欲しいです……」

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