第23話 今、最も優先すべき事――


 果たして、アレは【術】の修行といって良かったのだろうか?


 ――いいえ、アレじゃ……練習ね。


(あの後、わたしの属性を見てもらったのだけれど――)


「気にするなよ」


 とレン君。ヒナタちゃんも心配そうな表情を浮かべる。


 ――そうだね!


(八つも属性があるのに、一つも適性が無い事なんて気にしないんだから!)


 わたしなりに頑張ってはみたのだが、努力すれば結果がついて来るという訳ではないようだ。ヒナタちゃんは苦手といいつつも、資質があったのだろう。


 基礎となる【術】を簡単に習得してしまった。


(お姉ちゃんの立場としては、『凄い!』と尊敬そんけいされたいところよね)


 ――まぁ、今日は逆になってしまったけど……。


 そんな訳で、練習がひと段落した頃、


「ご苦労様です……昼食の準備が出来ましたよ」


 とシキ君。例の黒い渦が現れたかと思うと、突然姿を現す。


「お兄様♥」


 とリム――お手伝いします!――と近づくが、


「大丈夫ですよ」


 断られてしまった。シキ君が今度は黒い渦を地面に発生させる。

 すると、椅子やテーブルが浮かび上がるように出現した。


 ――今日のお昼はパスタだ!


(いいえ、違った……便利ね!)


 テーブルの上には、トマトとアサリのパスタとサラダが用意されている。


「デザートもありますから」


 いたれりくせりである。皆にしぼった冷たいタオルを渡しながら、


「正直、あの二人はケンカばかりして、困っていたのですが――ユズっちのおかげですね」


 ありがとうございます――シキ君はわたしの耳元でささやいた。


(そうなのかな?)


 ――えへへ、シキ君にめられると、ちょっと嬉しい。


「陽詩もやる気になってくれたのは、喜ばしい事です」


 シキ君はそう言って、ヒナタちゃんの頭をでた。

 ヒナタちゃんは顔を真っ赤にしてうつむく。


 ――やっぱり、シキ君は皆に優しい。


「トーヤも練習に参加すれば良かったのに……」


 わたしのそんな台詞に、


「ボクはシキさんの手伝いでいそがしいんだ」


 そう言いながら、トーヤ少年はシキ君が作った黒い渦の中から現れた。

 可愛らしいフリルのエプロンを身に着けている。


 どうやら、ワゴンでスープとデザートを運んで来てくれたようだ。

 適当な場所で止まると、カップにスープを注ぎ、着席した皆の前に置いていく。


 ――コンソメスープね。


 食欲をそそる、いいにおいがただよう。


「デザートは何?」


 わたしの問いに――プリンだ――とトーヤ少年は短く答える。


 ――なるほど!


「どうやら、わたしの本気を見せる時が来たようね……フッフッフッ」


 不敵に笑うわたしに対し――何でだよ!――と突っ込まれてしまった。

 【術】の練習に本気を出せよ――という事だろう。


「ありがとうございます――読夜。キミも席に着いてください」


 シキ君の言葉に――分かりました――と返す少年の顔は、何処どこほこらしげに見える。ヒナタちゃんと同じで、彼もシキ君をしたっているようだ。


 トーヤ少年は身に着けていたフリルのエプロンを外した。


(彼の趣味じゃないよね――女性用だし……)


 恐らく、普段はヒナタちゃんが使っているのだろう。

 配膳はいぜんの仕事は――いつもはヒナタちゃんが手伝っている――と考えるべきだ。


 ヒナタちゃんの数少ない仕事を取る事になる。

 よって、妹思いの彼としては、いつもは手伝ったりはしないはずだ。


(今日はヒナタちゃんが疲れていると思って、代わりに手伝ったのかな?)


 賢いトーヤ少年は何でも出来てしまうのだろう。

 すべてを彼一人で行ってしまうと、ヒナタちゃんの仕事がなくなる。


(普段は家事を手伝わない事――それがトーヤ少年なりの優しさなんだね)


「ニヤニヤして、気持ちの悪い奴だな……」


 トーヤ少年が露骨ろこつに嫌そうな顔をした。


 ――失敬しっけいな!


(よし、こうなったら……ヒナタちゃんに泣きついてやる!)


「えーん、ヒナタちゃん――トーヤがイジメるの」


「トーヤ……お姉ちゃんにひどい事、言わないで」


 ――そうだ、そうだ!


 トーヤ少年は忌々いまいましそうに、わたしをにらむ。


「別にイジメていた訳では……」


「いいの、ヒナタちゃん。この年頃の男の子は好きな女の子に意地悪するモノなの」


「えっ⁉ トーヤ……お姉ちゃんの事、好きなの?」


「そんな訳あるか!」


 少年は心外だとばかりに声を荒げる。

 対照的に、その様子を傍観ぼうかんしていたレン君は声を上げて笑った。


「もう……照れなくていいのに」


 わたしは――チュッ――と投げキッスをする。


「くっ――もういい……折角せっかくの食事が不味まずくなる」


 と負けを認めたのか、トーヤ少年が引き下がった。


(わたしの勝ちね!)


「何、ドヤ顔しているのよ……」


 めなさい――とはリム。


「優しいお姉ちゃんが増えて良かったな、トーヤ!」


 レン君がトーヤ少年に声を掛けると、まるで苦虫をつぶしたような顔で、


「――っ!」


 何かを言い掛けたが言葉を飲み込む。

 ここで否定すると、サヤちゃんの事も含まれると思ったのだろうか?


「それより、ユズは何の【術】が使えるのさ?」


 トーヤ少年は午前中の練習の成果をいてくる。

 その顔は――わたしが【術】を使えない――と思っている顔だ。


(やっぱりね、フッ――と鼻で笑うつもりなのだろう)


 ――冗談じゃない!


 リムは首を横に振ると、


「使えないわよ――」


 と答える。わたしはタイミングを合わせて、


「その通りよ、フッ」


 そう言って、トーヤ少年よりも先に鼻で笑ってやった。


何故なぜ、ドヤ顔をする?」


 あきれるトーヤ少年。一方で、


「――という事は、僕と同じ【黒魔術】が向いているようですね」


 シキ君に言われ、わたしは、


「リムからも、そう言われたわ」


 と返す――【術】は主に三種類に分類される。

 【奇跡】と【白魔術】、そして【黒魔術】だ。


 【奇跡】とは文字通り、神の御業みわざと言える。


 神秘的な力の事で――ヒナタちゃんの使う治癒術や【神子みこ】であるサヤちゃんが【守人もりと】であるリム達と契約するための術がある。


 一方で、皆が通常使うのが【白魔術】だ。

 これは八属性のいずれかに該当する【術】の事である。


 つまり――【黒魔術】はそれ以外――となる。


 シキ君は黒いもやを使ったり、変身したり、血液を媒介ばいかいに物質を造り出す事も出来るらしい。


 先日、彼が裸のわたしに掛けてくれた外套マントも血液を媒介ばいかいに造り出したモノだ。


 しかし、そんな事より――わたしにはどうしても確認しておかなければならない事があった。


(今、最も優先すべき事――)


「ねぇ、シキ君?」


「何ですか?」


(それは――)


「プリンのお代わりはあるのかしら?」

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