第18話 わたしの大切な人


 ――はぁ~、足がばせるっていいよね。


 わたし達は今、四人で浴槽にかっている。

 タイル張りの大浴場だ。


(かなり広いけど……どうなっているのかな?)


 四人で入っているのに、まだまだ余裕がある。


(さっきまでは、こんなに広くはなかったはずだけど……)


「泳がないでよ」


 とリム――そこまで子供じゃありませんよ。


(一人だったら、泳いだかも知れないけど……)


「広いのは、四人で入っているからだ」


 とはサヤちゃん。サヤちゃんの説明によると、お風呂に入る人数や術者の能力によって、広さや形状が変わるらしい。


 ――不思議空間ね!


「確かに……サヤちゃんが来た途端とたん、お風呂が広くなった気がする」


「姫様の持つ【神子みこ】としての能力が高いからよ」


 何故なぜかリムが自分の事のようにほこらしげに言う。


「ねぇ、サヤちゃん……」「何だ?」


 今は少し機嫌がいいようだ。


(バストアップの効果かな?)


 わたしは気になっていた事をいてみる。


「サヤちゃんが殺した――わたしの大切な人――って……誰?」


 ちょっ――リムが声を上げようとしたのを、サヤちゃんが制した。


「お前の兄だ」


 その口調からは、感情を読み取る事が出来ない。


「――そう」


 わたしは短く答える。


「も、申し訳ありません! 姫様っ……」


 リムは湯船から立ち上がると頭を下げた。

 ヒナタちゃんも同様だ。


「気にしてないわ」


 とサヤちゃん。続けて、


「なるほど……記憶が戻った訳ではないようね」


 とつぶやく。

 わたしは――その切欠きっかけが欲しかったの――とげる。


「でも、ダメみたい……思い出せないや」


(本当に……大切な人なんて居たのかな?)


「その内、思い出すわ」


 サヤちゃんはそう言うと、


「それよりも、いつまで立っているつもり?」


 座りなさい――とリムとヒナタちゃんに指示する。

 二人は黙ってそれにしたがった。


(わたしが他にくべき事は何だろう?)


 考える事は苦手だ。


 ――なので直感を信じよう。


「どうして、殺す必要があるの?」


 正直、サヤちゃんは好んで人を殺すようなタイプには見えない。

 むしろ、つらそうだ。


(なら、めればいいのに……)


「まだ小さかった頃……そうね、陽詩よりもね」


 意外にも、サヤちゃんは話してくれた。

 今も小さいけどね――などと突っ込んではいけないところだ。


(ここは黙って聞いていよう)


 サヤちゃんはリムに、先に上がっているよう合図を送った。

 見ると、ヒナタちゃんがのぼせそうだ。


 リムはヒナタちゃんを連れ、浴槽から上がる。


「私はとある村――隠れ里で【神子みこ】として育てられた」


 【神子】は奇跡の能力を使って、世界を修復する事が出来る。


 ――世界を救う事が出来る存在。


 でも、その能力のために【怪異】や【人間】からも狙われる。

 その【神子】を守る存在が【守人もりと】で、シキ君やリムがサヤちゃんの【守人】だ。


「ある日、その里が【怪異】におそわれた」


「【怪異】はサヤちゃんの家族のかたきなの?」


 ――だから、【怪異】に取りかれた【人間】を殺すの?


 サヤちゃんは首を横に振る。


「里では、【怪異】を使った実験も行っていた――それが原因ね」


 璃夢は【怪異】と【人間】のハーフで、地下の牢に閉じ込められていたのを助けた――と教えてくれた。


「話がれたな――詰まらない話さ」


 ――いいえ、想像以上にハードなんですけど。


(聞かなきゃ良かった……)


 わたしは後悔する。


「私は【怪異】に取りかれた――炎を使う【怪異】だ」


 恐らく璃夢の母親で、娘を助けたかったのかも知れない――と付け加える。


(これ、わたしが聞いちゃダメな話なのでは?)


「今となっては確かめようもない――ただ私は、里の【人間】すべてを殺した」


 ――はい、アウト!


(完全に聞かない方がいい話でした……)


「そんな私を助けてくれたのが白騎だ」


(ここだけ聞くと惚気のろけなんだろうけど――良かったね――という話じゃない!)


「私は――殺してしまった人達が救うはずだった世界を――救おうと思っている」


 少なくとも、殺してしまった人と同じ数だけ『世界を救う』と決めている――とサヤちゃん。


 【偽りの世界】を【怪異】から取り戻すために彼女は戦っている。


(でも……その瞳は何だか悲しそうだよ)


 何か言わなくては――と思い……わたしはつい、口をすべらせてしまった。


「だから殺すの?」


「そうだ……誰かを殺す事でしか、助ける事が出来ない命がある」 


(それは本当に、サヤちゃんがしなくてはいけない事なの?)


 【神子】にしか出来ない仕事だ――と言うのだろう。


(それは後、何人殺せば終わるの?)


 きっと終わらない――そう返すのだろう。


(サヤちゃん自身が、自分を許せる時まで続くんだね)


「何だか納得出来ない!」


 わたしは立ち上がる。

 そんなわたしをにらみ付けるリムと、心配そうに見守るヒナタちゃん。


(ゴメンね、二人とも……)


 それでも、わたしは言う。


「何か嫌!」


 理屈じゃない何かが、わたしの中で黒く渦巻く。

 リムが近づこうとしたのを、サヤちゃんも立ち上がり、手で制した。


「ならどうする? 私を止めるか?」


 わたしは首を横に振る。

 それで済むのなら、っくにシキ君がしているはずだ。


 わたしが取れる方法は限られている。

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