第15話 楽しい話を一杯しようね!


「うわーっ、ここがそうなの?」


 黒い渦を抜けた先は、広い和屋だった。

 上から差し込む、白く淡い陽光。


 ――たたみ独特の香り。


 部屋の中央には、わたしよりも大きな丸い鏡が置かれている。

 どうやら、これが【扉】としてつながっているようだ。


 小綺麗だが、歴史を感じさせる木造の建築物。


(相当、広い屋敷なのかな?)


 お寺や神社を連想させるような造りをしている。


 ――凄く神秘的……。


(鈴の音や和楽器の音が聞こえてきそう……)


 先程まで居た【幻舞城】のは洋風の造りだったためだろう。

 余計、新鮮に感じる。


 わたしがキョロキョロと落ち着きのない様子でいると――大人しくしなさい!――とリムにひじで小突かれた。


「待っていた……です」


 と出迎えてくれたのは、つばの広い三角帽子を被った魔女姿の少女だった。

 色は真っ黒というより、紫に近い。


(年は同じくらい? いや、年下かな?)


 前髪を伸ばしてる所為だろうか、顔が隠れて良く見えない。


「私は……『虹ノ原にじのはら音無ねむ』――案内役を頼まれている……います」


(緊張しているのかな?)


「ネムちゃん? リムと名前が似てるね!」


 伸ばした前髪で、表情が良く見えない。


(照れ屋さんのようね!)


「わたしはね! わたしは『夕月ゆづき優子ゆず』っていうの!」


 そう言って、わたしは彼女に顔を近づける。


「『ユズっち』って呼んで――」


 後頭部に――パシンッ――と一撃を貰う。


 ――痛っ!


 リムの目が――いい加減にしなさい!――と言っている。


「失礼したわね――あたしは『赤月あかつき璃夢りむ』――緊張しなくていいわ」


ひどいよ、リム……」


「ユズがうるさくするからよ」


 リムは――手の掛かる子供を注意する母親のような目で――わたしを見る。

 そんなわたし達の様子に――ネムちゃんは口元に手を当て――クスリと笑った。


「もっと、怖い人達かと思っていました」


 シキ君からは――警戒されているので、あまり目立つような行動はしないように――と言われていたのだが……どうやら本当のようだ。


(こんなに可愛い女子高生なのに……)


 ――ハッ、リムの目付きが怖いからか!


 何、変な顔しているのよ――とリムににらみ返される。


「では、私の後について来て……ください」


 ネムちゃんの言葉に、


「分かったわ」「むぐっ!」


 リムは返事をすると同時に、わたしの口を手でふさいだ。

 余計な事は言うな――という事だろう。


 わたしは頷くと、二人の後を黙ってついて行く事にした。

 屋敷の中を歩いていると、何やら奇妙な視線のようなモノを感じる。


 ――嫌な感じ。


 それはリムも同じなのだろうか?

 わたしはリムの横に並ぶと、彼女を手を――ギュッ――と握った。


「ゴメンなさい」


 とネムちゃん。こちらを振り返らずに、


「この世界の人達からすると、外の世界から来た貴女あなた達は――異形の存在だから……」


 と教えてくれた。


(異形の存在――つまり、【怪異】だよね)


 ――まぁ、分かってはいたけど……。


(わたしの場合はウサギに変身出来るし……普通の人間じゃないよね)


 ――でも、そこまで警戒する必要もないと思うけど……。


 シキ君から説明は受けていたので、覚悟は出来ていた。

 勿論もちろん、彼はもう少し優しい表現で説明してくれている。


 古い連中は『外から来た良くないモノ』と考えている場合が多いから、十分に気を付けてください――と言っていた。


(シキ君――どうやら、わたしとリムは【怪異】扱いらしいよ)


 ――だから、サヤちゃんは来なかったのかな?


 向こうでは簡単な説明しか受けていない。

 多分、リムも知ってはいたのだろう。


(何度か来た事があるみたいだし……)


 ただ、彼女の性格から考えて――サヤちゃんやシキ君に心配をかけまいとするだろう。結果として、彼女が感じた違和感をきちんと伝えていない可能性がある。


 更に――


(この分だと……ヒナタちゃんへはまったく伝わってないよね)


 この事を知らない――と考えた方が良さそうだ。


(だから――行ってはいけない――という話だったのか……)


 ――わたしも、黙っていよう。


 そして、同時に考える。


(わたしには何が出来るだろうか?)


 ――考えるまでもないか。


「ねぇ、リム」


 わたしは彼女に耳打ちした。


「帰ったら、サヤちゃんとヒナタちゃんに……楽しい話を一杯しようね!」


「まったく、ユズはこれだから――」


 リムは困った表情を浮かべた。


「仲が良いんですね」


 とネムちゃん。


 うん!――と答えようとして、わたしは口をふさぐ。


(危ない、危ない……)


「成り行き上、仕方なくね」


 とリムは答える。


 ――まったく、素直じゃないなぁ。


「その様子では、桜夜様は変わられたようですね」


 ネムちゃんは足を止め、こちらを振り向く。


「姫様は変わらないわ」


 リムの答えに、


「いいえ、【守人】が守るのは【神子】であり、その心でもあります――貴女あなた達が正しくあるのであれば、桜夜様もきっと、正しい心で居られます」


 そう言って、ネムちゃんは微笑んだ。


 相変わらず、顔は隠れて良く見えなかったが――きっと、可愛いのだろうな――とわたしは思う。

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