第一章 ヒロインはウサギですか?

第4話 何? この小動物……


「何? この小動物……」


 ここは書斎だろうか? 薄暗い部屋に、凛とした少女の声が響く。

 窓から差し込むの優しい光は月明かりかしら?


 ツインテールに結われている少女の銀髪をキラキラと輝かせていた。

 まだ幼さを残してはいるけれど、とても綺麗な顔立ちをしている。


 その少女は興味がないかのような表情で、わたしを指差した。

 切れ長の鋭い目つき。


 だが、その瞳は紫水晶のように綺麗で澄んだ色をしている。

 思わず、吸い込まれそうになった。


「間抜け面のタヌキね……」


 ――失礼ねっ、ルカ君は可愛いって言ってくれるんだから!


(はて……『ルカ君』って誰?)


「ダメですよ――そういう言い方をしては……可愛いウサギさんじゃないですか」

 

 頭上から、おだやかで優しそうな青年の声が響く。

 同時に、わたしは脇の辺りを両手で触られる。


 ――ひゃうっ!


(アハハ、くすぐったい)


 気が付くと、わたしは――ヒョイッ――と持ち上げられていた。


(高い、怖い……)


 慌てて、その腕から逃げ出そうとするも、失敗する。


(あれれ? 手足が上手く動かせない……)


 抵抗 むなしく、その青年に抱きかかえられてしまった。


(くっ、ちょっと安心する……)


 ――わたし、そんな軽い女じゃないんだからね。


 サッサとこの腕から飛び出して、逃げようとしたけれど――やはり、高い。

 これは落ちたら怪我どころじゃ済まないわ。死ぬ可能性だってある。


 ――ひゃー⁉


白騎しき、残念ながら私の知っているウサギに――角は生えていないわ」


 シキと呼ばれた青年の態度が気に入らなかったようだ。

 少女はそう言ってそっぽを向いた。


 少し頬がふくらんでいる気がする。

 不貞腐ふてくされているのかも知れない。


 夜の暗がりの所為せいだろうか――その澄んだ瞳は輝き、その肌は新雪のように白く見える。これで牙でも生えていたのなら、まさしく【吸血鬼】だ。


「タヌキにも、角は生えていませんよ」


 青年は苦笑する。何だろう、懐かしい感じがした。

 主人と従者――いえ、妹とそれをあやす兄のように見える。


 ――わたしにも、そんな兄が居たような気がする。


(それにしても……角?)


 わたしは首を左右に動かし、キョロキョロと辺りを見渡す。書斎と思しきこの部屋の壁には大きな鏡があり、そこには灰色のウサギの姿が映っていた。


 ――あら、可愛い♥


(本当だ! ひたいにチョコンと小さい角が生えてる)


 それにしても、何とも愛嬌あいきょうのある顔のウサギだ。


 ――面白い!


 そのウサギを抱いているは学生服姿の青年で、中々のイケメンだ。

 甘いマスクの割に、妙に大人びた雰囲気を感じる。


 レミが好きそうなタイプだ。

 今度書くオリジナルの同人誌のモデルとして登場させようかな。


 わたしの場合は、お兄ちゃんがゲーム好きなためか、周りに集まる男性って――ゲーマーというか、オタクというか――もう少し……こう、何とかならないの?


 悪い人達では無いのだが、そんな感じの男性ばかりだ。

 彼みたいなタイプは縁遠えんどおい。


 ――はぁ、ルカ君に会いたいよ。


(だから、それ誰だろう?)


 ――『お兄ちゃん』、『レミ』……ダメだ……全然、思い出せない。


 理由は分からないけど、凄く悲しい気持ちになる。


 ――って、アレ?


 わたしが手足を動かすと、鏡に映っているウサギも同じように手足をバタつかせる。


(何コレ、面白い!)


 ――いやいや、待て……このウサギ……わたしか⁉


「……」


「…………」


「……………………」


 おっと、いけない。思考を放棄してしまった。

 でも――状況から考えて、間違いなさそうだ。


(なるほど――つまり、結論からいって……)


 ――夢だよね。


(なぁんだ……そっかぁ、夢か……じゃあ、おやすみ)


 わたしは目を閉じる。

 次に起きた時は、いつも通りの日常が始まっているはずだ。


「いいえ、始まらないわ」


 凛とした少女の声。


 ――アレ?


 目を開けると、銀髪ツインテールちゃんがあわれむような視線をこちらに向けていた。


「すみません――『夕月ゆづき優子ゆず』さん」


 そう言って、青年がわたしの背中を優しくでた。


 ――ああっ、いい……そこそこ。


(貴方、中々やるじゃない)


「ありがとうございます」


 ――って、違う!

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