第3話 めちゃくちゃかわいい

 翌朝。突然できた義妹、フィーロさんとの同居も3日目に入る。

 これまでは土日だったが、今日から月曜日。高校へ行かねばならない。今は高2の5月だが、フィーロさんも俺の高校へと編入することが決まっていた。

 昨日、ぐったりするまで口内のマイクロチップを探された身からすると、一緒に登校することに一抹の不安を覚える。

 が、逆に言えばそれだけ常識から外れているわけで、同じ学校なのに放っておくのはあまりにも慈悲がないというものだろう。

 というような考えにより、俺はフィーロさんと登校することになった。

 俺は朝食は摂らず、できる限り寝ているタイプだ。それはフィーロさんには伝えてあるため、あちらはあちらで準備してもらう。


「あー、フィーロさん、服とかわかるかな……」


 着慣れた制服を着ながら、あ、と問題点が浮かび上がる。

 俺の高校は一応制服はあるが、基本的に自由な服装でOKなのだ。なので、適当に私服のやつも多い。

 俺は私服を考えるのがめんどうなので、制服を着ているが。ただYシャツは好きじゃないので、適当なTシャツを着て、その上に制服を羽織るだけだ。簡単だし、目立たないし、俺にはこれでちょうどいい。

 で、着替えて、荷物を持って、2階の自室からリビングへと降りたわけだが……。


「え……フィーロさん、その服……」


 リビングに入ってびっくり。そこがまさかの異世界だったからだ。

 正確に言えば、リビングは昨夜となに一つ変わってない。だが、そこに立つ人の服装が違う。

 フィーロさんは俺の想像を超えた服装をしていたのだ。

 白色のひざ丈のワンピースのように見えるが、カジュアルなものではない。金色のボタンできっちりと前を止められ、肩には金色の飾り紐がしゃらしゃらと揺れていた。なんて言うの? 肩章って言うんだっけ。

 さらに腰のベルトがウエストをきゅっと絞っていた。

 俺の想像していた一般的な日常服や、制服とは違う。コスプレと言えばそれが一番しっくりくるが、非日常感はあるが、そういう庶民のイベントで使うようなものにも見えない。もっと豪華な正装に見えるのだ。

 頭にお揃いの意匠のある帽子を被ったフィーロさんが驚いた俺を見て、ふふっと笑う。碧色の目がきらきらと光った。


「おはようございます。たすくさん。リンデンガルディッド帝国の規定服、いわゆる軍服ですね」

「軍服……」


 おお……と思わず声が漏れる。

 たしかにそう言われれば、自衛隊の式典とか、海外の式典とかで見るかもしれない。正装も正装だ。

 何度名前を言われても、俺の知らない国だけど、これだけしっかりとした軍服があるのならば、やはりフィーロさんの言う『密偵スパイ』というのは本当なんだろうな……。

 ほぅと思わず見惚れる。そして、はたと気づいた。


「え、待って、え? もしかしてそれで学校に……?」


 重要なことに気づいてしまった。

 これから登校しようとしたのが今だ。そこにこの服装でいるということは……この服で高校に行くの!?


「『公共の場、教育の場であることを考えた服装』ということでしたので」

「いや、そうだけども」


 そうなんだけれども。でもそれは普通にあまりに露出多めはやだよーとか。そんな程度なんだが……。

 当然のように頷くフィーロさんに、ううんと頭を抱える。

 間違っていないけど、やはり大幅に斜め上なんだよな。日本でこの服装で一般道を歩いたら目立ちすぎる。が、きっとフィーロさんにはそのつもりはないのだ。

 昨日もそうだったんだよな……。『マイクロチップを仕込んでいない人間などいない』という圧倒的信頼感がフィーロさんにはあった……。

 常識が……仕事をしていないから……。


「おかしいでしょうか?」


 俺が頭を抱えていたのを見て、フィーロさんが悲しそうに眉尻を下げた。

 俺はそれを見て、頭を抱えていた手を外す。


「おかしくは……ない」


 そう。似合っている、普通に。

 俺の高校は服装自由なんだし、軍服を着て行ってもいいんじゃないか。いいだろ、問題なし。よし。


「かわいい」

「えっ……!」

「あ」


 思わず「かわいい」と言ってしまい、失礼だったかと口を押さえる。

 だが、フィーロさんは聞き逃さなかったようで、ポッと頬を赤くすると、嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。佑さんに言われると、嬉しいです」

「あー……うん、じゃあ行こう」

「はいっ!」


 笑顔がきらきらしている。

 連れだってリビングから出て、玄関へ向かう。靴を履いて、外へ出ると、フィーロさんは当然のように、俺の手を握った。


「え、いや、手は握らなくても……」


 高校までは徒歩十分。とっても近くて、父に感謝。手を繋ぐのは迷子にならないためだろうが、さすがに大丈夫だろう。


「私が繋ぎたいのです」


 びっくりする俺に対し、フィーロさんはにこにこしてとても楽しそうだ。その顔がめちゃくちゃかわいくて……。

 いつもの登校なのに、隣にきらきらの軍服美少女がいて、しかも手を繋いでいる。そう思うと胸がふわふわとして――


「って、ちょっと、待って待って」


 ふわふわした胸が、スンッとなった。フィーロさんの挙動がおかしからだ。

 なんで今、俺たち電信柱の前で立ち止まってる? 手を繋いでるから俺も一緒に立ち止まらざる得ないけど、これはなに? さっきから電信柱の広告に暗号っぽいものを書きこんでない?


「フィーロさん、今、なにしてる?」

「あ、これですか?」


 家から出て四番目の電信柱に謎の◎を書いたフィーロさんがふふっと笑う。


「これは『我、恋焦がれたり』です。これは元同僚への惚気です」

「あ、へえ……」


 いや、やっぱりおかしいな。惚気を電信柱の広告に「◎」で表現する人いる? で、その惚気の人物って俺だよね?

 俺は一歩下がろうとする。が、いい感じに手を握られていて、それは叶わず……。


「とっても、トッテモ! ダイスキデス!!」


 ◎を書いているうちに感極まったのか、フィーロさんが俺にぎゅうと抱き着く。

 金色の髪がさらっと揺れ、碧色の目が嬉しそうに細まる。かわいい。めちゃくちゃかわいい。


「二人の関係性を近づけるため、次は秘密の生体番号を教え合いましょう!」

「いや、俺にはないから……秘密の生体番号……」

「体の隅々まで調べますね❤」


 ……ちょっと、ま、待って! ダメ! 俺の服の中に手を入れないで……!?

 人いるから! 高校のやつらが、こっち見てるから……!


――突然できた義妹との同居生活は波乱万丈そうです……。

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一緒に暮らすことになった義妹が「元密偵」と言って、意味が分からないけど、めちゃくちゃかわいい しっぽタヌキ @shippo_tanuki

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