第18話 ライラックの下で

私がウィリアム様に騎士の誓いを立ててから2年経ち、私とウィリアム様は14歳になった。




私の背は更に伸びて男性の平均的な身長程になり、毎日早朝に鍛錬をしている為か脂肪もあまり付かず女性らしい丸みも軽減されているように思う。骨格の性差は如何ともし難いが、かっちりとしたシルエットの騎士制服のお陰で今のところ他人から指摘された事はない。


変声期に差し掛かった時はひやひやしたけれど、蓋を開けてみれば女性にしては低く男性にしては高い声といった程度に落ち着いた。

男性として生活していくにあたり成長期における変化はひとまず及第点。『これで体格や声から性別がばれる可能性がグンと低くなった』と私は胸を撫で下ろした。






一方のウィリアム様はといえば、外出の頻度が以前より多くなった事が功を奏したのか持病の発作も徐々に少なくなり、今では殆ど発作が起こることも無い。

それどころか自ら馬に乗ったり剣を振るったりと外で運動をなさる事も増えた。




それに焦ったのは屋敷の使用人たちである。

今まで邪険にしてきたウィリアム様が日に日に健康になっていくものだから、『もしやこのまま彼が跡取りになるのではないか』と慌てふためき俄かにウィリアム様に擦り寄り始めた。全くもって現金なものだ。


そんな使用人たちに対してですらウィリアム様は微笑と共に許してしまうのだから、我が主は本当に度量の広い方だ。

私としては擦り寄ってくる彼らを払い除けるくらいしても良いのではと思うのだが、「彼らにも生活があるのだから、仕方のない事だったんだよ。リア、そう怒らないで許しておやり」とウィリアム様に言われてしまえば私は許さざるを得ない。『我が主の懐の深さに感謝するのだな』と使用人たちに思う今日この頃である。
















明るい紫色のライラックが初夏の穏やかな風に揺れている。


「はぁ…和やかな陽気だな…」


言葉とは裏腹にぐったりした様子のフィンレー王太子が芝生に寝転がりながら空をぼんやりと見上げる。

それを見たウィリアム様が心配そうな顔で王太子を見遣った。


「フィン、大丈夫?…じゃないよね。お疲れ様」


ウィリアム様が気遣わしげにフィンレー王太子を労う。


「あー…。めんどくさい…ウィルの所に行くっていうだけなのにうじゃうじゃ護衛を引き連れてこなきゃいけないなんて本当にめんどくさい…。どこにいくにも手続きがめんどうでやっていられない」


ぶつぶつとフィンレー王太子はそう呟く。


「はぁ…めんどくさい…」









近頃、マルティネス王家に対しクーデターを起こそうとしている輩がいるらしいという情報がリークされ、王宮はてんやわんやの事態に陥っていた。

国王陛下、王妃殿下、フィンレー王太子殿下、ソフィア王女殿下については特に警護が強化され、王宮内を歩くにも一苦労、外に出るともなれば何十人という護衛がぞろぞろと付き従う有様。

自由気ままに歩き回る事が好きなフィンレー王太子は既にグロッキー状態だ。

現に今ムーア公爵家の庭園には少し離れた所に王太子付きの護衛騎士がずらりと整列している。










「ソフィアが泣くんだ… 『なんでソフィアはお兄さまとお外に遊びに行けないの?どうして?』って。…俺だってソフィアと遊んでやりたいさ‼︎でも駄目なんだ、襲撃されやすい外で王家の人間が固まって行動するのは駄目だと言われているんだ‼︎ああ〜‼︎ソフィア〜‼︎」


ごろごろと左右に芝生を転がる王太子。

それを気の毒そうに見詰めていたウィリアム様はふと気がついたように疑問を口に出した。


「そんな大変な手続きをしてまで僕に会いにきてくれたのはどうして?何か理由が?」


首を傾げるウィリアム様に、がばっと起き上がったフィンレー王太子が勢いよく叫ぶ。


「鬱屈した状況下だからこそ友のお前と会って話がしたかったんだ‼︎それくらい分かるだろ〜‼︎」


「えっ」


それを聞いたウィリアム様が心底驚いたように目を丸くする。

驚愕の表情を浮かべたウィリアム様を前にして、フィンレー王太子はピシリとその場で固まった。


「………えっ…?」


お互いに目を見合う彼らのまわりに沈黙が下りる。

薄黄色い蝶がひらひらと2人の間を通り過ぎて行った。


「…一応聞くけど」


王太子は無表情のままに口を開く。


「俺がお前に会いに来るのは何の為だと思っている…?」


そう問い掛けられたウィリアム様は、


「王太子の役割として、ムーア公爵家の令息である僕と交友を深める為…?」


と首を傾げながら答えた。







王太子は暫く無表情のままその場を動かなかった。


「フィン…?どうしたの?」


ウィリアム様がそう声をかけた瞬間、彼は地面へ崩れ落ちて大の字になった。


「ウワーーーーーーーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」


突如響き渡った王太子の絶叫に、庭園の端にいた王太子付きの護衛騎士たちがどやどやと押しかける。

しかし、


「親友だと思っていた相手にビジネスフレンドだと思われてたぁーーーー‼︎‼︎もう嫌だぁーーーーーー‼︎‼︎‼︎」


という王太子の叫びに彼らは顔を立ち止まって顔を見合わせた。


「命を狙われるような状況下でも会いに行くくらい親しい仲だと思っていたのに‼︎‼︎そんな親友に‼︎‼︎ビジネスフレンドだと思われていた‼︎‼︎‼︎うぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」


華々しい顔をぐしゃぐしゃにして号泣する王太子殿下。

ウィリアム様はびっくりしたようにその様を見ていたが、やがておろおろしながらハンカチを差し出した。


「フィン、ごめん…涙を拭いて…」


フィンレー王太子は差し出されたハンカチを押し返すと、ウィリアム様をキッと睨んだ。


「うるせぇーーーー‼︎どうせ今まで俺の事を接待相手だとでも思っていたんだろ‼︎ ウィルのバカぁーーーー‼︎」


そう言って滂沱の涙を流す王太子を前にして、ウィリアム様は


「それは違う‼︎」


と反論した。


「フィンは王太子の役割としてここに来てくれているんだと思っていたけど、そうであってもいいと思うほどに僕はいつも君との時間を楽しみにしていて…あの、つまり…」


ウィリアム様は照れたように目線を彷徨わせながら言葉を紡ぐ。


「僕も、フィンの事を大事な友だと思っているよ…‼︎」


覚悟を決めたように目をギュッと瞑ってそう告げたウィリアム様に、これ以上はないと思われていた王太子の涙腺が更に決壊した。


「うわぁーーーーーー‼友よーーーー‼︎」


王太子はそう叫ぶや否やウィリアム様に抱きついた。

抱きつかれたウィリアム様は目を白黒させていたが、おずおずとその手を王太子の背中に回すと号泣するフィンレー王太子の背中をさする。


「フィン、ごめん。これからもいっぱい話をしようね」


嬉しそうに笑いながらそう言うウィリアム様に、王太子は何度も頷いた。
















夕方、

「まだウィルと話す‼︎」


と言って聞かないフィンレー王太子を王太子付きの護衛騎士たちが引き離しズルズルと引き摺って帰っていった後、ウィリアム様が


「リア、僕にも僕を友だと思ってくれる人がいたよ」


と言って浮かべた天使の如き微笑みは私のみが知る秘密である。



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