第4話 栗色の髪の少年

騎士団の訓練は苛烈を極めた。


息も絶え絶えになるほど走り込みをし、打ち込み稽古では容赦なく打ち据えられ、気絶すれば水を顔にかけて起こされ、夜は痛む身体を何とか横たえ泥のように眠る。


鍛錬後の訓練所は死屍累々。

言われていた通り騎士団見習いたちは次々と減っていった。



そんなある日。

訓練を終えて汚れた衣類を洗おうと水場へ向かう最中、奥の茂みにもぞもぞと動く何かが視界を掠めた。

(…?…何だろう)

目を凝らしてみれば、栗色の髪の少年が必死な顔をして茂みの周りを漁っているのが見えた。

(何かを探しているみたいだが…)


今日はもう遅いし、私はこれから洗濯物も洗わなければならない。

訓練後で足腰もふらふらだ。

見なかった事にするのが、最善だろう。


…そう思うのに。

少年の悲壮な表情を見てしまえば、無視する事は出来なかった。


「もしもし、こんばんは。どうしたの?」


そう話しかけると、その少年は驚いたように顔を上げた。


「急に話しかけてごめん。でも、困っていそうだったから…。何か落としたの?」


続けて話した私を少年は見定めるように眺めていたが、やがて誤魔化すようにヘラリと笑った。


「ああ、何でもないよ。たいした事じゃないんだ」


彼は私の手に持つ洗濯籠を一瞥すると、


「あんた、水場に行くところだったんだろ。オレの事は気にせず行きなよ」


そう言って、ヒラヒラと手を振った。






「…たいした事じゃないならどうして貴方は泣いているの?」


私がそう言うと、少年はその榛色の目を見開き、たった今自分の涙に気づいたように自身の頬に触れた。

私は洗濯籠を地面に置き、少年の隣にしゃがみ込む。


「ねぇ、一緒に探そう。1人で探し物をするより2人で探した方がきっと早く見つかる」


そう語りかける。

少年は暫く黙っていたが、


「…婚約者からのプレゼントを落としてしまったんだ」


やがてぽつりと呟いた。


「『あなたの瞳の色みたいでしょ』って言って贈ってくれたトパーズのブローチ」


少年の口からぽろぽろと言葉が零れ落ちる。


「訓練で辛い時にはそれを眺めているんだけど、その場面を見つけた奴が悪ノリしてオレからブローチを奪ってさ」


「うん」


「取り返そうとしたら相手もムキになって、取り合いしてたら窓から飛んでいって」


「うん」


「急いで探しにきたんだけど、見つからなくて。訓練で疲れて身体もよく動かないし」


「…うん」


「何かもう、疲れたなって」


酷い顔色をした少年の瞳は虚ろだった。


「…大丈夫、きっと見つかる。一緒に探そう」


私が囁くようにそう言うと、彼は顔をくしゃりと歪ませて、


「………ありがとう…」


静かにまつげを振るわせて涙を流した。

















ブローチ探しは困難だった。

茂みだけではなく、周りの芝生の上も探してみたが中々見つからない。

(これは骨が折れるな…)

そう思いながら立ち上がり伸びをした時だった。

視界の端にキラリと光るものがあった気がして、私は低木に近づいた。


「あっ⁉︎これかな…?」


暖かい色味の宝石があしらわれたブローチが低木に引っかかっている。


「ねぇ、これじゃない?」


少年を呼び寄せると、少年はブローチを一目見るなり


「これだ‼︎」


と歓声を上げた。

喜ぶ少年を尻目に、


「よかったね‼︎じゃあ、ボクはこれで」


そう言って踵を返す。


「あっ、ちょっと待ってくれ‼︎」


と言う少年の声に振り返った瞬間、訓練で疲労が溜まっていたのか足が滑った。

咄嗟に受け身を取ろうとしたが近くに低木があったのが災いし、服が低木に引っかかる。

布が裂けていく嫌な音を聞きながら私は低木の根元に倒れ込んだ。


「ッ…」


「だ、大丈夫か…?」


心配そうな少年の言葉を聞きながら痛む身体の節々をおさえつつ起き上がる。

大丈夫だ、と返答しようとした時だった。


「あっ…?」


少年の思わず漏れ出たといった風な声と、その訝しげな視線に、自らの身体を見下ろすと


「…⁉︎」


先程倒れ込んだ時に服が派手に裂けたのか、首や胸元が露わになった己の姿が目に飛び込んできた。


服を着ていれば「これは胸筋だ」と言い訳できる程度のささやかな膨らみ。

しかし服の防護が無い今、月明かりに照らされた胸元は女であると判断されるに十分な証拠になってしまっていた。


咄嗟に胸元を隠す。

少年はそんな私を見据えていたが、


「違ったらごめん。お前…女、なのか?」


そう私に尋ねた。


「…あ………」


おろおろと視線を彷徨わせながら必死に言い訳を探す。

(どうすればいい?どうすればこの場を無事脱せられる?)

頭の中がぐるぐると混乱し、上手く考えがまとまらない。








「…言わないよ」


俯いていた私はその声に顔を上げる。

栗色の髪の少年は、静かな瞳で私のことを見詰めていた。


「あんたが女だって誰にも言わない」


少年の意図が分からずジッと少年の顔を見上げていると、少年はどこか確信を持っているように私に囁いた。


「あんたが悪事を働こうとしているとは思えない。何か事情があるんだろ…?」


私は思わず彼の言葉に頷く。


「訓練で疲れているだろうに、あんたは知り合って間もないオレの為に地面を這ってまで一緒にブローチを探してくれた。オレ、恩を仇で返すような真似はしない主義でね」


少年は私に手を差し出す。

私がその手を取って立ち上がると、彼はシャツを脱いで私に渡してくれた。


「とりあえずそれを羽織っておけよ。訓練でドロドロになったシャツで悪いけど、着ないよりマシだろ?あんたが持ってきた洗濯籠の中のシャツはもっと酷い有様みたいだし…」


申し訳なく思いながら、私はお礼を言って彼のシャツを羽織った。

彼はそんな私にニカッと笑いかける。


「まだ名乗ってなかったよな。オレはライリー。ライリー・モーガンっていうんだ。あんたの名前は?」


「ボクの名前はリア・フローレス。リアって呼んで」


「リアって言うのか。よろしくな、リア」


ライリーが握手を求めるように手を差し出したので、私は彼の手を握り返した。

















「っと、こんな夜遅くなっちまった。ブローチを探してくれたお礼にあんたの洗濯物手伝うよ」


そう言ってくれたライリーの申し出を受け、2人で洗濯物を洗った。


「はぁー、こんな時魔法が使えれば良いのにな」


ごしごしと汚れを擦りながらライリーがぼやく。


「本当にね。魔法がつかえたら便利だろうな」


「魔法や超能力なんてこの世に存在しないのは分かっているけどさ、もし使えたらって考えちゃうよな」


私はその言葉を聞いて、動物の言葉を聞く事ができる主人公シャーロットを思い浮かべた。

魔法や超能力が存在しないこの世界で、彼女の存在は異端だ。

彼女は今頃どのように過ごしているのだろうか。


「…い、おい?聞いてる?」


「えっ?ごめん、何?」


「やっぱり聞いてなかったのかよ‼︎教官ってさ…〜〜〜〜」


「ふふっ…‼︎それ分かる‼︎」






時折話しながら洗濯物を洗う。

すっかり打ち解けた私たちは、帰り道ふざけながら2人で笑い合った。



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