第5話 朗らかな協力者
あれから、ライリーはさりげなく私の事を手助けしてくれた。
着替えの際に何でも無い風を装って私が他の人から見えないように隠してくれたり、荒っぽいスキンシップをする仲間から遠ざけてくれたり。
お礼といってはなんだが私も、ライリーが厄介な性格の教官に絡まれている時その教官の注意を逸らしてこっそり彼を逃したり、配膳係の当番の時は彼の好物を多めに盛ってやったりした。
そうやって持ちつ持たれつやっているうちに共にいる事が増え、いつしか私と彼は気安い話をする親友のような間柄になっていった。
訓練を終えた後、いつものようにライリーと駄弁っていたら、彼はいつにない真剣な表情で
「なぁ、相談があるんだけど」
と言ってこちらを伺ってきた。
「何?相談なんて珍しいね」
私がそう言うと、彼は躊躇した様子を見せながらも話し出した。
「えーっと、その…リアは女、だろ?」
「…そうだね」
騎士団内でも2人で話している時も、今まで私が女であるということを全く口に出さなかった彼がその話題を出した事に驚きつつ、目で話の先を促す。
「リアはこの先、自分が女である事を隠し通したいと思っているんだよな?」
「うん」
「だったら、女性の協力者が必要だと思うんだ」
「女性の協力者?」
ライリーは真剣な表情で居住まいを正す。
「オレ、詳しいことは分からないけどさ、体の事とか相談できる人がいないと後々困るんじゃ無いか?」
そう言われて私は初めてその可能性に思い当たった。
前世の知識で女性の身体の仕組みは多少理解しているが、この世界での月経の対処法や胸部の保護の仕方などは何も知らない。
(もし、このまま何の考えも無しに騎士団で過ごしていて、ある日急に初潮を迎えたら…)
血塗れの衣服を抱えて途方に暮れる自分。
血の匂いに、何事かと集まってくる騎士団の仲間たち。
何故性別を偽ったのか、何かやましい事があるんじゃないかと尋問され、良くて追放、悪くて刑罰に処される。
そして私の手の届かない所で、ウィリアム様が反王族派に襲われて…。
そんな未来が頭をよぎり、思わず身を震わせた。
「…確かにそうだね」
私がそう言うと、ライリーは言葉を続ける。
「リアが良ければなんだけどさ、あんたを姉さんに紹介出来たらと思って」
「姉…?ライリーの?」
「ああ。オレの家…モーガン家はそこそこ大きな商家だからさ、小さい頃からいろんな事を叩き込まれるんだ。姉さんならそういう女性の諸々もよく分かると思うし。もちろん、リアの気が進まないならこの話はなかった事にしてくれていい。どうだ…?」
真っ直ぐな視線でこちらを見つめるライリー。
本気で私の事を心配してくれていると分かる、その瞳。
「どうして、そこまで…」
そう呟くと、ライリーは目を見開いた。
「どうしてって…」
ぽりぽりと頭を掻き、
「だってオレたち、友達だろ?」
そう言って、彼は照れくさそうに笑った。
「それで、どうする?」
照れ隠しのためか多少ぶっきらぼうになった問い掛けに頷く。
「ライリーが大丈夫だったら、是非お願いしたい」
そう返答すると、ライリーは
「おう‼︎任せとけ‼︎」
と私に頷き返したのだった。
うららかなある日の午後。
数少ない騎士団の休日、ライリーに連れられて私はモーガン商家の裏口に立っていた。
ライリーは慣れた様子で呼び鈴を鳴らす。
パタパタ、と足音が聞こえて豪奢な扉が内側から開かれた。
「ライリーお坊ちゃま、おかえりなさいませ」
メイド服を着た活発な様子の女性が出迎えてくれる。
「おう。姉さんは部屋?」
「左様でございます。あら?後ろの方は…」
「こいつはオレと同じ騎士見習いのリア」
「そうなのでございますね。あとでお茶をお部屋にお持ちしますか?」
「いい、いらない。じゃあオレたちは行くから」
そう言うと、ライリーは私に目配せをして歩き出した。
「ライリーの家ってメイドさんがいるんだ。凄いね‼︎」
「まぁね。商家としての体裁を保つ為にも使用人の存在は必要不可欠だから」
そんな事を話しながら階段を登る。
ライリーはある扉の前でピタリと止まった。
「ここが姉さんの部屋だ。…ポピー‼︎開けるよ‼︎」
ライリーがそう言うが早いか、ライリーがドアノブに手をかける間もなく扉が開き、私とライリーは部屋の中に引き摺り込まれた。
その人物は部屋に私たちを引き摺り込むなりパッと身体を離す。
それは、栗色の髪に榛色の瞳をした、ライリーにそっくりな顔立ちの少女だった。
彼女は私をまじまじと見つめると、
「まぁ‼︎あなたがリアなのね‼︎」
と人好きのする笑顔を浮かべる。
「ライリーから手紙であなたの事を聞いて、とっても会ってみたかったの‼︎ねぇ、あなたのことが知りたいわ‼︎」
キラキラした表情で迫ってくる少女に目を白黒させていると、ライリーが少女を私からベリっと引き剥がした。
「ポピー…リアが困ってるから‼︎」
「ハッ…‼︎ごめんなさい。初対面から失礼だったわ…」
少女はしゅんと項垂れた。
「改めまして、私の名前はポピーよ‼︎事情は聞いているわ。聞きたいことがあれば、何でも聞いてちょうだい‼︎」
鼻息荒くそう自己紹介する、目の前の少女の顔を改めて観察すれば、見れば見るほどライリーそっくり…というより、全く同じ顔と言っていいような顔立ちだった。
「えっと…ライリーとポピーさんは本当によく似ていますね?」
「『さん』はいらないし、敬語もいらないわ‼︎ポピーって呼んで‼︎」
「わ、分かった…」
「はぁ…ポピー、そんなに迫ったらリアがまた困ってしまうぞ。程々にしてくれ…。リア、オレたちの顔が同じなのは双子だからだ」
「そう、わたしたちは双子なの。だからどちらが姉でどちらが兄って訳じゃないんだけど、よその人に関係を説明するときに困るから、わたしが姉でライリーが弟って事にしているのよ」
なるほどな、と思いながら頷けばポピーはズイッと顔をこちらに近寄らせた。
「とにかく。わたしで良ければ力になるわ。お手紙でやりとりも出来るし、今聞きたい事があれば遠慮なく聞いてもらって構わないわ」
ポピーがそう言うと、ライリーも頷いた。
「オレがいると聞きにくい事もあるだろうし、一旦席を外すよ。終わったら呼んでくれ」
そのままライリーは部屋を出て行った。
ポピーから聞く知識はどれも役に立つことばかりだった。
ポピーは終始朗らかで屈託なく話すから私も気負わずに色々と聞く事ができた。
一通り話終わった後、私たちはライリーの部屋に勢いよく突撃した。
そしたら彼は大層驚いて、私たちはそれを見て一頻り笑った。
その後ライリーとポピーが紅茶を淹れてくれて和やかに話をしていたらあっという間に夕方になっていた。
「またきてね。待っているわ‼︎」
ポピーに見送られながらモーガン家を後にして、ライリーと共に騎士団宿舎への道を辿る。
「なぁ、リア」
ライリーがこちらを伺うのを不思議に思いながら彼の方へ顔を向けると、
「その…今日は、大丈夫だったか?」
彼は少し不安げな顔をして私の顔を覗き込んでいた。
「ポピーって少しグイグイくる所があるだろ?そこがポピーのいい所でもあるんだけど…嫌じゃなかったかなって…」
心配そうなライリーを見て、私はその肩を軽く叩く。
「全然‼︎嫌じゃなかったよ。…ライリーには感謝しているんだ。今日、大切な友達が2人に増えたんだから」
私の言葉に目を丸くするライリーの肩をもう一度ポンポンと叩いて、私は笑みを浮かべた。
「ねぇ、宿舎まで競走しようか‼︎」
そう言って私は先に走り出す。
慌てたように追いかけてくる彼の気配を感じて、私は大口を開けて笑った。
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