第3話 騎士団へ

8歳になってから迎えた夏。

2年前から必死に雑用で稼いだなけなしの旅費を握り締め、ウィリアム様のいる地である、ムーア公爵家が構える領地へとやってきた。

海岸沿いに位置しているこの領地は海の幸が豊富で船を使った交易が盛んだ。

王都からも近く、よく栄えた街が沢山ある。




今回入団試験を受ける騎士団の訓練所は警備の関係から見晴らしの良い一等地にあるため、訓練所に向かう途中の坂道からはとても美しい海が一望できた。

坂道から海を振り返った私は、その煌めきに息を呑む。


「わぁ…‼︎」


今世では生まれてこのかた海なんて見た事がなかった私は、前世ですら見た事がないレベルの透明度を誇るその海の美しさに目が釘付けになった。





私は海をひとしきり眺めるとギュッと手に力を込める。

(これからは"私"じゃない。"ボク"だ。ウィリアム様を守るため、"ボク"は今この時から女じゃない。男として生きるんだ)

私は未練を断ち切るように海から踵を返すと、訓練所に向かう坂を再び登り出した。















「こんにちは。騎士団への入団試験を受けにきた者です」


私が見張りの騎士と思しき男性に声をかけると、彼は緩慢な動きで首をこちらへ向けた。


「ああ、こんにちは。名前は?」


「ボクの名前はリア・フローレスです」


「リア・フローレス…ね。」


そう呟きながら、彼は何かを書き付けるようにペンをかりかりと動かした。


「うん、名前の記入が終わったから通っていいよ」


そのように言うが早いか脇の扉を開けてくれる。


「真っ直ぐ行って突き当たりの建物の中で立って待ってて」


見張りの騎士はそれだけ言って愛想笑いもせずに前方を指さす。


「ありがとうございます」


「はいよー、いってらっしゃい」

















言われた建物に入れば、私より年上の少年たちが所狭しと立っていた。

私も同じように列に並ぶ。


(これからどんな試験が課されるのだろう。ここにいる少年たちは私よりも年上で、しかも体格がいい子たちばかりだ。力勝負では押し負けてしまうかもしれない)


ジリジリとした不安を感じつつも、それを隠しながら待つ事、暫く。

訓練所に試験官と思しき騎士が入ってきた。





緊張した面持ちの私たちを試験官は一瞥する。そして、


「よぉ、待たせたな‼︎ここにいる奴ら、全員騎士団の入隊を許可する‼︎…以上だ‼︎」


と鼓膜にビリビリくるような大声でそう通達した。






訓練所内は水を打ったように静かになったが、やがて困惑のざわめきが広がっていった。

少年のうちの1人が思わず、といったふうに声を発する。


「すみません…質問してもいいですか…?」


試験官がそれを聞いて目を細めた。


「発言を許可する」


おずおずと少年が言い募る。


「試験を受けにここにきた筈なのですが、何もしないうちから入隊許可ってどういう事ですか…?」


彼の最もな言葉に訓練所にいた少年たちは頷き合った。

試験官はそんな質問を予想していたのだろう、眉一つ動かさずに口を開く。


「試験は必要ない。ムーア公爵家騎士団の訓練の厳しさは国の中でも随一だ。訓練を始めれば、ついていけなくなった見習いたちが次々と辞めていく。そうだな…これは予想だが…」


試験官が私たちをザッと見回すと


「このうちの半分が1週間でいなくなる。そして1年経つ頃にはこの中の2割が残っていれば良い方だろう。だいたい毎年そうだ」


そう言葉を続けた。

少年たちはお互いに顔を見合わせていたが


「宿舎へ案内するから着いてこい‼︎全員整列‼︎」


という騎士たちからの号令に、慌てて背筋を正した。














夜、宿舎にて。

私は寝台に横たわりながら長い溜息をついた。

(何とか、入隊する事ができた)

性別が判明して門前払いされる可能性もあったため、見習いとはいえ騎士団の一員になれた事にホッとする。

(きっと明日から厳しい訓練が始まる。私に耐え切れるだろうか)

カーテンの隙間から漏れる月光を見詰める。

(…耐える。食らいついてでもこの騎士団で生き残って、ウィリアム様の盾になる。そう決めたんだ)

静かに瞼を閉じる。







夢は見なかった。


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