第23話 経緯
格は、榊と鬼瀬が率いる1年生の不良グループに加わった。彼らはいつも有り余るほどのエネルギーを持て余している。格にしてみれば、部活に入るなりして発散すればいいのではないか、と思うのだが、誰一人としてそんな健全な精神を持ちあわせていないのだ。その辺りは理解に苦しむのけど、彼らといると不思議と心が落ち着く。肩肘を張らづ、そのままの自分を受け入れ合う関係。デパートの一件についても聞いてくる者はいない。ただ彼らがどうしてそこまで喧嘩が好きなのかがわからない。彼らは有り余るエネルギーを、喧嘩にしか使おうとしないのだ。
「金のない俺たちには新宿は最高の遊び場なんだぜ」
と榊は言った。
新宿の繁華街こそが、彼らのストリートなのだ。特に歌舞伎町のゲームセンターは格好の漁り場だ。相手に選ぶのは必ず年上で、基本はタイマン。時には相手の方が人数が多い時もある。でもその逆はない。相手が見付からないときは自転車で、池袋や渋谷にまで遠征にいくこともある。
そんな彼らと行動を共にして格は思う。あの日、榊と鬼瀬が何のてらいもなく体育館裏に乗り込んで来たことは2人にとっては、いつもの日常的な行動だったのだ。ただあれだけの痛手を負ったのは想定外だったらしい。2人とも自分たちの先輩らが少しは骨のある連中だと認めているようだ。事実この2人は街の喧嘩では、殆んど怪我らしい怪我をしない。体育館裏では多勢に無勢だったが喧嘩素人の格でも東崎が率いる3年生軍団が新宿辺りのゲーセンにいるツッパリとはわけが違うことくらいは自明の理だった。幸いなことにストリートで、格の出番はまだ1度もない。
加えて、彼らにとって喧嘩とは、エネルギー発散の何ものでもないところが、格が一緒に行動を共にしていられる理由の一つでもある。喧嘩に勝って相手から金品を奪うということは1度たりともなかった。
更に、格は榊が自分の力をあてにしているとは思ってもいなかった。ところが榊はそうではなかった。誘拐未遂事件が報道され始めた直後、少女を救った実の兄として格本人がテレビに映っているのを見た榊は、それがすぐに同じ小学校に通う同学年の亀山だと気が付いた。その亀山がやらかしたことに大層驚いた榊は純粋に、こいつとタイマン勝負がしたいと思ったのだ。榊がそう思ったのは鬼瀬についで2人目だ。榊にしろ鬼瀬にしろ、格が本気になったら自分たちと同等以上の力を発揮するという期待があるからこそ、ストリートで、これまで以上の力を発揮している節もあった。
続いて期せずして格の動画がネットにアップされマスコミはこぞって過剰防衛だの、やらせだの、果ては格を化け物扱いし始めたのには、怒りを覚えた。この時、既に榊の心中にある格へのそれは、鬼瀬や仲間たちに思うものと同等の価値を持っていた。
「公平、俺この動画をアップしたデパートの誘導野郎をぶん殴りてえ」
鬼瀬にしても思いは同じだった。
榊は動画をアップしたデパートの誘導係に制裁を下すことにする。
これは普段の喧嘩とは違い、単なる仕返しみたいなものだ。当事者の格が同じ学校だからといって仲間でもないのに、それをする必要があるのかという葛藤が仲間内で起きた。しかしこの制裁を決行すれば、必ず格自身が共犯だと疑われることは必至だ。その時、仲間の犯行だと格が知っているのと、そうではないのとでは、格が追う羽目になるであろう精神的負担は天と地ほども違う。
だから、制裁は格のためにするのではなく、自分たちの正義を守るためだと、仲間内で決めたのだ。その後、格が自分たちの仲間に加わったとしても制裁のことは格には明かさないことになっていた。
そんな経緯だったということを、格はなんと榊の祖母からこっそりと聞くのである。それを聞いた格は、益々この仲間たちと過ごす日々にのめり込んで行く。
時には明らかに20代と思しき柄の悪い連中を相手にして、歌舞伎町の路地裏でこっぴどくやられることもあれば、警察沙汰になることもしばしばあった。そんな時はそれぞれの親が学校に呼び出されるのだが、呼び出しに応じるのは、榊の祖母と格の両親くらいのもので、学校の不良学生の親の中には暴力団関係者も多いことから、学校の呼び出しは極めて事務的で、ただの喧嘩であればお咎めなしに終わらせてくれるのは、この学校ならではで有難い。
こうして1年の夏が終わる頃には、榊達にも2年の○○の親は、○○会の幹部だとか、3年を締めている東崎は、実は歌舞伎町の○○組の親分の実子だ、という校内勢力の背後関係も明らかになっていた。
1年の榊たちのグループが新宿駅周辺で起こしている喧嘩騒ぎは、校内でも広く知られていて、それは春に体育館裏で3年に締められたことの、憂さ晴らしだと揶揄されるようになっていた。
そんな折、格は1人で校内を歩いているところを取り巻きを2人連れた東崎と出くわしてしまう。体育館裏の一件以来の再会だ。あの時の東崎の最後の言葉が頭を過る。
「次に見かけた時、その態度が改まってなかったら、また同じ目にあわす」
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