第15話 朝倉
「おい、お前ら、こいつを車のトランクにぶち込め」
ベンツから降りた、朝倉は榊が落とした拳銃を拾い上げると、道路の端で榊に両足を撃ち抜かれて横たわっている男に歩み寄って、何の躊躇いもなく残っている弾丸を男に向けて撃ち尽くした。
「こいつは山の中に埋めてこい。俺は先に戻る」
榊は朝倉のベンツのトランクに両手足を拘束されて押し込まれた。朝倉はそれを確認すると、ベンツに乗り込んで走り去った。残った2台のワゴン車も朝倉に止めを刺された死体を回収しこの場から早々に走り去って行った。
道路には飛び散った血痕が残っているが、辺りは何事もなかったかのようにそれまでの静寂を取り戻した。微かにサイレンの音が聞こえて来る。東の空はもう明るくなり始めていた。
高級車であってもトランクの中は、そこまで乗り心地に配慮されていないと知る。
車内には届かない僅かな振動さえも、満身創痍のうえに手足の自由を奪われている今の榊にとって、それが逐一渾身の一撃をお見舞いされたような衝撃になるはずだった。想像しただけでもぞっとする。
跳ねられる瞬間、カミオカの力によって骨折だけは免れていた。それでも全身打撲に近い負傷を負っている。その痛みをカミオカが遮断してくれているお陰で、車体が拾う振動を無視して意識はクリアーに保たれていた。植物人間と同じ状態らしい。この状態にすることで体力の消耗も抑えることが出来るようだ。その代わり身体はピクリとも動かせない。
「無重力ってきっとこんな感じなんだろうな。それに口が動いてないのに話せているのが不思議だ」
〈だから言ったじゃないか、声に出さなくてもいいと。それに少しは私の状態が理解できたのじゃないか〉
「あぁ悪くはないな。それより、なんなんだこいつ」
こいつとは、もちろん朝倉のことだ。貸倉庫で奴の手下の脳内をスキャンして朝倉のことを尋問した時に、カミオカが記憶原野にアクセスして朝倉の顔を確認していた。歌舞伎町のラブホテルで俺のことを待ち伏せて、襲い掛かってきたのはやはり竜神会の朝倉だったのだ。
跳ねられた瞬間を思い返すと怖気がする。朝倉は笑っていた。傷ついた自分の若い衆さえも無慈悲に撃ち殺すのだから、俺を殺すのにも躊躇うということはないはずなのに、きっとわざと死なない程度に俺のことを跳ねたに違いない。
「何が目的か知らねえが、これで万事休すだな。でも俺が死んだらカミオカ、お前はどうなるんだよ」
〈私にもどうなるかわからないが、恐らく公平に同じ運命をたどるだろう〉
「お前今、俺の名前と平等を掛けただろう。こんな時に冗談言ってる場合じゃねぞ」
と言いつつ笑いが堪えられなくなって、つい吹き出してしまう。カミオカは黙っているが、殊の外受けたのが嬉しいに決まっている。
「しかしよぉお前、飛んだ宿主の身体にタイムスリップしちまったな。交通事故とか病気ならわかるけどよ。まさか直ぐに殺される運命の人間に取り付いちまうなんてな、運が悪いとしか言いようがねぇな」
〈まったくだ。肝心の目的も喪失したままだし。踏んだり蹴ったりとは正にこのことだ〉
「って、ちょっとは否定しろよ。ところで、お前下の名前なんていうんだよ」
急にカミオカの声のトーンが低くなった。やけに聞き取りづらい。
〈……ろう、だ〉
「あ、なに、よく聞こえねえよ」
〈イ、イチローだ〉
「イチローだって、カミオカイチローか、なんか100年後の未来から来たわりには、えらく凡庸な名前だな。でイチローは今、何歳なんだよ」
〈今年で、25だ〉
「お、お前、俺とタメだったのかよ。なんか損した気分だな。少し腹立たしくなってきたぞ」
〈今更、年齢のことで腹を立ててどうする。私が生まれるのはこの世界では75年後なんだから75コ下ということになる。決して同じ年齢だと考えるな」
「いやいや、そうじゃないんだって。お前の態度、どう考えても年上みたいだっただろ。自覚してんなら75コ上をもっと敬いやがれ」
榊は純粋にカミオカとの会話を楽しんでいた。その一方で仮死状態同然の身体がベンツの挙動に合わせてズレたり、向きが変わる様からどんな道を走っているのか頭の中でトレースしていた。特に一般道から高速道路に乗ったのはわかりやすかった。
向かっている先は新宿で間違いないだろう。ということは明け方で高速が空いていても、少なくともあと30分はこの状態が続くはずだ。
死ぬ前の穏やかで確実な30分。このトランクの蓋が再び開けられるまでは、せめて哀れで運の悪い、未来から来た相棒に死を意識させたくなかった。
「まぁいいや、でもなんだかこうしていると長い付き合いに感じるよな、まだ一週間くらいしかたってねぇってのによ」
〈当り前じゃないか、例えば君の後輩の那智海翔、彼は中学の時からの付き合いらしいが、卒業してかどの位の頻度で、一回に何時間会っているか自分でわかっているのか〉
「何がいいてぇんだ。いちいちそんなこと意識してねぇよ」
〈この1年で彼と会談したのは僅か6回きりだ、1回に平均して2時間程度しか話していない。他に携帯電話で話している時間を含めたとしても、この1週間程で私と一緒にいる時間の方がずっと長いんだぞ。加えて話した内容の濃さも比較にならない。付き合いが長く感じるのは必然というものだ〉
反論の余地がねぇけど、なんかむかつく。
「そうだ、それより100年後のことを教えてくれよ」
〈未来のことを知ってどうする。何か金儲けになるような情報でも知りたいのか〉
「そんなんじゃねぇよ。どうせこれから死ん……、だからよ、お前のことに決まってんだろ、家族とか彼女のことか仕事のこととかだよ。もしかしたら話しているうちに忘れちまったことも思い出すかもしれねぇじゃんか」
〈……どうせこれから死ぬのに、喪失したことを思い出しても意味がないと思うんだが、むしろ思い出さない方がいいのかもしれないし……〉
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