第9話 メモリーカード

 ジーンズのコインポケットをまさぐると、メモリーカードが入っていた。春川外科病院から逃げ出す前に壊れたデジカメから抜き取ったものだ。実は今まですっかり忘れていた。

「荒川、こいつを再生できるものを何かもっていないのか」

 メモリーカードを荒川に渡してみる。車にパソコンでも積んでいないかと期待したのだが、なんと荒川は部屋にある液晶テレビの背面にそれを差し込んで電源を入れたのだ。

「圧縮形式によりますけど、多分大丈夫だと思います」

 荒川がリモコンを操作すると、画面に動画のサムネイルが表示された。こいつは足軽大将から侍大将に上にあげてやることにする。

「お前、使えるな」

 ドヤ顔の荒川からリモコンを受け取った榊は、さっそく一番目の動画から再生を開始する。

 最初の動画はターゲットの女が働いている歌舞伎町のキャバクラの斜向かいにある深夜営業中の喫茶店の中から撮影したものだ。店の看板は既に落ちている。画面右下で細かく時を刻んでいるデジタル表示は0時10分になっている。しばらくすると店の黒服が3人出てきて辺りの警戒をはじめる。仕事上がりを狙うしつこい客からキャバ嬢を守るためだ。安全が確認されると店からキャバ嬢たちが大勢出てきた。半数以上のキャバ嬢は店のそばに待機していた送迎用のワンボックスカーに乗り込んでいく。残った他のキャバ嬢たちは、何人かでタクシーに乗ったり、また他の何人かは徒歩で、はしゃぎながら深夜の歌舞伎町に消えていった。カメラはその中で一人のキャバ嬢を捕らえている。そのキャバ嬢だけは群れから離れるように一人でラブホテル街に向かって歩いて行った。白いワンピース姿がよく目立つ。画面はその白い後ろ姿を捕らえたまま静止した。

 榊は次のサムネイルを再生する。

「今の続きですね」

 一緒に画面に見入っている荒川が言った。

 次の映像はこちらも歩きながらの撮影だ。女との距離は10メートルも離れていない。女に警戒する様子はなかった。ハンドバックからスマホを取り出して画面と頭上を見ながら歩きだしたのは目的のラブホテルを探しているからだろう。

 だしぬけに女が振り返った。カメラはこの時初めて女の顔を正面から捕らえた。ある程度の距離だが目鼻立ちの整ったその顔は色気はないが、化粧品会社のCMにそのままでも出演できそうな感じだ。

「えらい美人ですね」

 荒川が小鼻を膨らませている。

 女はこちらの動きに気づいたわけではなかった。ホテルに入る前のお約束の衝動で振り返っただけのようだ。カメラはホテル内に入っていった女の背中を追って走り出し、迷わずエントランスに侵入していく。エントランスには客室の写真パネルが並んでいる。客はここで選んだ部屋のボタンを押してから利用するシステムになっているが、女はカメラがエントランスに入った時点でエレベーターに乗るところだった。おそらく相手がもうチェックインしているのだろう。カメラは女を追うことを諦めて建物の外に出ると、頭上にパンをしてこのラブホテルの外壁を映したまま引いてゆく。ホテルは、頭上で輝くネオンを背景に西欧の古城をモチーフにした外観を深夜の暗闇に浮かび上がらせていた。ライトアップされたホテルの看板が雰囲気をぶち壊しにしているのは否めない。動画はそこで止まった。画面の時刻は0時30分を表示している。

「どこかで見たようなラブホだな」

 荒川がボケか本気かわからない口調で言った。このラブホテルは、彼らの組事務所から徒歩で3分と離れていない。

 最後の動画はこのラブホテルの出入口から少し離れた場所から始まった。画面の時刻は午前2時になろうとしている。

 しばらくすると中から女が姿を現した。

 問題はここからだ。

 女は外にでるとカメラに背を向けて、来た方角とは逆の職安通り方面に向かって歩き出した。

 カメラも女の後ろ姿を追い始める。その直後だった。カメラがホテルの入り口に迫るのと同時に、中から出てきた男と鉢合わせになったのだ。

 この男がまさしく榊を殴り倒した男だ。カメラは、男の顔を一瞬アップで捕らえていた。榊はここで動画を一時停止する。

「荒川、この男に見覚えはないか」

 さぁわかりませんね、と荒川は腕組みをして首を傾げた。

「ちょっとゆっくり考えてみてくれ、俺はちょっとシャワーを浴びてくる」

 荒川の前で、カミオカに話しかける訳にはいかなかった。

 ユニットバスの浴室に入って、熱いシャワーを頭にかけながらカミオカに話しかける。

「カミオカ、お前も見ていただろ、どう思った」

〈まず、竜神会が君を見つけられなかった理由が、顔の怪我の完治だったということに着目しよう〉

「人違いじゃなかったのは納得いかねぇけど、気分はざまあみろだ」

〈君が怪我をして私が治すまでの間に、君と接触した人間が竜神会の関係者ということは確定的だ〉

「そんな言い方すると、通報した一般人とか春川外科病院の医者とか看護師にも疑いがかかる、だけど率直に言って俺を殴ってくれたあの野郎が本命だろ」

〈私もそう思う〉

「すると竜神会が俺を探してる理由は、あの野郎が別の組織の女に手を出した証拠映像を俺から回収するのが目的ってことか」

〈そこは私にはわかりかねる、この時代の反社会組織の行動理論を私は理解できない〉

「擁護するわけじゃねけど、一般人の家に速攻で火をつけるような暴力団は竜神会くらいのもんだぞ。いずれしろ俺のことを殴ったあの野郎が誰なのか突き止めるのが当面の目的になったな」

〈鬼瀬という男に任せるのは止めるのか。それで、殴った男を突き止めてどうする。証拠映像を渡してやるのか〉

「それで問題が片付くならいいけど、俺を探してるのは、というより狙ってるのは別の理由があると俺は思っている。たかが女のことくらいで家に火を着けるのはやり過ぎだろ、どう考えも普通じゃねぇ。その理由がしりてぇ」

 もっともその前に鬼瀬が朝倉を葬ってしまう可能性もある。今は鬼瀬を止める理由がない。ことが鬼瀬の思惑通りに運べばいいが、相手は竜神会の朝倉だ。そう簡単にことが運ぶとはとは思えない。これは俺がまいた種だ。何もかも鬼瀬や亀山に丸投げして、こっちは一人で安全圏に高跳びするなんて俺には出来ない。

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