第5話 開封
帰宅途中、車を停めて近所の柿の木を見る。やっぱり枝が上を向いている。
地形などではなく冬の間、どこの木も枝はずっと上を向いていたのだと思った。知らなかった。みんな同じ過ごし方をしていたんだ。自然の
家に着き庭を見てみた。すっかり雪は消えて土だけになっている。だから彼女は春用の靴を履いていたのかと思った。いつの間に冬が終わったんだろう。
冬と春の境目はいつもこうだった。春に憧れて、軽やかな服装をしたいと願う人が一番に春に気づくのだろうか。
どこからか飛んで来た破れたチラシがある。今まで雪で見えなかったものが一気に見えた。汚い、これも春の一部なのか。
茶色い葉っぱが何枚かあった、去年の落ち葉だろう。雪の下で冬を越えたのだろうか。去年の秋と今の春が同居している、不思議な感覚だった。
もう少ししたら
小学生の頃、学校から家に帰った時、祖父ちゃんがよく日向ぼっこをしていた。僕はそれを見て妙に安心感が
夏になると祖父ちゃんはうちわを持っている。
真冬になると祖父ちゃんは雪かきをしていた。大雪の時はとても大変そうだった。けれども「いい運動になるから」と少し愉しそうだった。
厳しかった冬を終えて暖かい春に日向ぼっこをする祖父ちゃんを見ると安心したのかもしれない。そう思ったら、僕は春が少し好きになった。
この日は漫画を描いて、休憩にアニメを見たりして過ごした。気づいたら夕飯の時間になっていた。
今日の夕飯は魚と煮物だった。母さんはパートが休みだったので、煮物は
祖父ちゃんは「去年の干し柿はうまかったなぁ」と言っている。祖父ちゃんは毎年友達から干し柿をもらっている。
今日柿の木を見てきた僕は柿
「柿って焼酎につけないと食べられないんじゃないの?」
「そのまま食べるなら焼酎につけるけど干し柿は干しておけば甘くなるんだよ」
祖父ちゃんは詳しく説明してくれた。
まず柿の皮をむいて熱湯で消毒をする。柿を一個ずつ、他の柿とくっつかないように網に入れて干す。雨にあたらないように気をつける。風と冷たい気温で干し柿が出来るらしい。ドライフルーツのようなものか。
「中がトロトロした干し柿がおいしいのよねえ。去年もらった分は食べちゃったし。ああ食べたくなってきたわ。今年の秋は干し柿を作ろうかしら、友達に柿をもらわなきゃ」
母さんが嬉しそうに言う。祖父ちゃんも久しぶりに作りたいと言っている。
干し柿は見たことはあるけれども食べたことはない。黒くて
僕は明日の朝にパウンドケーキを食べるのが愉しみだと、心の中で呟いた。家族全員分はないので内緒にしておこう。
日曜の朝、アラームより早く目が覚めた。一番いい豆、というか一番高かった豆を店で挽いてもらった粉を用意する。
フィルターに粉を入れる直前、祖父ちゃんに声をかけられる。
「
このあと祖父ちゃんの友達が来るらしい。俳句の詠みあいをするんだけれども祖父ちゃんの俳句は完成していないので、ぎりぎりまで考えたいと言っている。締め切り直前まで粘りたい気持ちはよく分かる。
僕は仕方なく仏間を掃除する。なんでも仏間が落ち着くらしく、祖父ちゃんは来客を仏間に招く。まぁ仏間は私物も置いてなくて片づいているし、掃除も楽だった。
「十時に来るから、お茶と茶菓子も頼む」
掃除が終わった頃、追加の注文が来た。仏壇に供えてあるお菓子でいいだろうと思ったが、チョコやせんべいはいつも食べているという理由で却下された。
仕方なくパウンドケーキを二個提供することにした。
僕は祖父ちゃんが大好きだ。そのきっかけは「好きなことをやれ」と言われてからだ。
「女性に優しくしろとは言わない。他人に優しく、自分に優しくすればいい。嫌なことを言う人間がお前の人生の責任をとれるか? そうじゃないだろう。責任をとれるのは自分だけだ。嫌なだけの言葉は無視してもいい。好きなものに集中しろ」
祖父ちゃんはそんなことをよく言った。
漫画も教えてもらった。祖父ちゃんの部屋には漫画がたくさんある。祖父ちゃんが子どもの頃から読んでいて、今でも名作と呼ばれている作品をたくさん読んだ。
祖父ちゃんには恩返しをしたいと日頃から思っている。だから大事なパウンドケーキをあげることにした。まだ二個あるし。
僕はパウンドケーキの外袋を開ける。ふわっとアルコール臭がした。品質保持剤のにおいだろう。
個包装の中からパウンドケーキを取り出し皿に盛る。結構大きい。確かにこれであの値段はお得だ。表面の白さにしっとり感がにじみ出ている。
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