第24話 【最終話】わりとよくある話
「うん、やっぱり似合ってる」
満面の笑みで私を見つめる彼女。
「美穂さん、やっぱりなんか落ち着かない」
恥ずかしい、最高に。
普段着はデニムやジャージで、仕事でもパンツスーツが多いから、こんな可愛らしいワンピースなんて……なんかもうね。
「足元がスースーするし」
「それくらい我慢しなさい。紗奈の晴れ舞台なんだから」
「そんな大したことじゃないでしょ」
「感謝状なんて、誰でも貰えるものじゃないんだから、大したことでしょ」
マラソン大会での出来事で、市から人命救助に対する感謝状を送りたいと連絡があったのは二週間前のこと。
なんで連絡先を知っているのかと思ったら、美穂さんが、あのドクターに伝えていたらしい。いつの間に連絡先交換してんの?
私よりも美穂さんの方が張り切っちゃって、先週のデートは洋服を買うためにあちこち歩かされた。
「私の見立てで間違いないから」
紗奈の魅力は私が一番知ってるんだからと自信満々に言われたら、何も言い返せない。
「ほら、座って! メイクしてあげる」
出来れば遠慮したいのだけど、今日の美穂さんに反抗は出来そうもないから、素直に座った。
美穂さんの顔が近い、いやもっと近づくことだってあるけれど、やっぱり恥ずかしくて顔が火照る。
美穂さんの瞳に私が映ってる。そんな歌詞みたいなことを思う。あれ、美穂さんの耳もほんのり赤いような気がする。
「はぁぁ」と美穂さんがため息をついた。あぁやっぱり、自分でメイクすれば良かったな、そう思ってたら。
「肌、きれいだよね」なんて言う。
「そぉ? 東北の人は白いって言うけど」
自分ではそうは思わないけど、出身地を告げると言われる事はある。なんでも日照時間に関係があるらしい。
羨ましい、なんて言うけど美穂さんだって充分きれいだと思う。
最後にリップグロスを塗ってもらう。
そしてまた、ため息と共に「我慢我慢」なんて呟く。今日の美穂さんは表情がコロコロ変わって、見ていて飽きない。否、いつ見ても飽きることはないけど。
何が我慢なの? と聞けば、帰るまでの我慢だよと答える笑顔は、やっぱり可愛い。
会場に着くと、カメラマンやら地方紙ではあるが新聞記者っぽい人たちもいて、無茶苦茶緊張してきた。
あのドクターや他の人たちとも合流、顔見知り程度でも心強い。
付き添いのはずの美穂さんは、あちこちに挨拶して回っている。
歳上で社交的で素敵なあの人を眺める。
「美穂さん、営業でもしてきたの?」
「あぁそうね、それもいいね」と、ケラケラ笑っている。
滞りなく表彰式も終わって、挨拶も早々に会場を出た。
「せっかくだから、何処か寄ろうよ」
と、美穂さんは言うが。
「早く帰りたい」と私が言ったため、美穂さんが折れて、一緒に帰る。
二人で暮らす、我が家へと。
「ただいま〜おかえり〜」
一人で二役ですか?
「美穂さん、今日上機嫌だね」
「だって初めてじゃない、紗奈が越してきてから一緒に出掛けて一緒に帰ってくるのって」
「そうだね」
「今から一緒にご飯作って一緒にご飯食べるんだよ、テンションも上がるわよ」
「そう、だね」
「あ、その前に、我慢してたやつ」
そう言って、見つめてくる。
分かってる? とでも言うように首を傾げる美穂さん。
そんなの、分かるに決まってる。
荷物を置いて近づく。
メイクをしてもらった時よりも近いのに、今は恥ずかしくはない。だって、ずっとしたかった事だから。
愛しい人との口付けは。
美穂さんは、手を洗ってエプロンを付けて、料理を始める。
私も手伝うけれど、その前に着替えをする。
「え、もう脱いじゃったの?」
そういうけれど、早く楽な格好になりたいから。
「まぁ汚れてもいけないしね」
「そうだね」
「今日はパスタにするからサラダ盛り付けお願いね」
「はーい、何パスタ?」
「ボンゴレ」
「やった、アサリ好き」
「アサリだけ?」
「んあ? あ、美穂さんも」
「よろしい」
「今日はお祝いだから、デザートもあるよ」
冷蔵庫からシフォンケーキが現れた。昨日焼いたらしい。
「ワインも開けようか」
「美穂さん、今日はありがとう。私の用事に付き合わせちゃって」
「え、なんで? しっかりデート気分だったよ、可愛い紗奈も見られたしね」
スマホを操作し、いっぱい撮っちゃったって嬉しそうにしている。
「またアレ着てデートしてよね」
「今度着る時は、ご両親に挨拶する時かなぁ」
長期の休みが取れたら、ハワイへ行こうという話になっている。一度ビデオ通話で顔は見ているが、実際に会って挨拶もしたいから。
「楽しみだねぇ、ね、紗奈のお父さんにも会わせてくれる?」
「それは、もちろん会って欲しいけど」
将来を誓った相手がいる事は話してあるが、それが女性である事はまだ言っていない。
「ん? もう少し待った方がいい?」
「ううん、大丈夫。会って欲しい。たとえ反対されても、私が美穂さんを守るから」
「紗奈は強くなったね」
美穂さんが目を細める。
「そりゃ、美穂さんよりも愛が強いからね」
「え、私の方が強いでしょ」
負けず嫌いが発動だ。
「だって美穂さん、死ぬまで一緒にいるって言ってたけど、私は死んでも一緒って思ってるからね」
「え、何それ。まさか後を追おうとか思ってないよね」
「違うよ、そんなことしたら生まれ変われないし」
「え、それって、前世とか来世とか信じてるってこと?」
嫌悪感ではなく不思議そうに尋ねてくる。
「信じるっていうか、わりとよくある話みたいよ」
「そうなんだ」
「生まれ変わっても、私は美穂さんと一緒になるから」
「記憶はないんでしょ?」
「うん、それでも……今度は私が美穂さんを見つけるからね」
「そっか、それは楽しみだなぁ」
美穂さんが見つけて声をかけてくれたあの日から、私はずっと幸せだ。
今も、そしてこれからも。
貴女と共に。
【了】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます