第13話 タックル

「美穂さーん」

 紗奈の声に振り向いたら、タックルーと叫びながら体当たりされて、そのままベッドに倒れ込んだ。

 もちろん加減してくれていたので痛みも怪我もないけれど。

「もう〜すぐ影響されるんだから」

「へへ、今日も楽しかったね」

「うん、試合が中止になったのは残念だったけど、あぁいうのもいいね」



 今日は近くの競技場で社会人ラグビーの試合があり、チケットを取って楽しみにいたのだけど、急遽中止になった。

 理由は相手のチームの選手の中に、世間を騒がせているウィルスに感染した選手が出たためで、致し方ないこと。

 がっかりしていた私たちに朗報が届いたのは、昨夜だった。

 試合は中止になったけれど、公開練習をするという発表があったのだ。

「美穂さん、これいい! 普段の練習観てみたいし、しかも無料だって〜」

「ほんとだ。午後から雨予報だから午前中にやるんだね、いいね、行こっか」

 開場時間を少し過ぎた頃に競技場に到着した。

 天気は曇っていたけど風はなく時折薄陽が差して思ったほど寒くはない。

 程なくして、練習が始まって選手たちの姿を追う。

「あ、あそこにいるね」

 ワールドカップでも活躍したキャプテンは、存在感があって遠くからでも見つけることが出来るようだ。

 ホイッスルが鳴る毎に練習メニューが変わっていく、統率のとれた練習だ。

「さすが、部活とは違うね」

 みんなキビキビとした動きで、ダラけている選手は一人もいない。

 二十分程練習をした後、サプライズのアナウンスがあった。

『これから紅白戦を行います』と。

 観に来ていたファンから、どよめきと拍手がおきた。

「すごーい、試合観れるんだ」

 もちろん紗奈も大喜びだ。




「席からピッチが近いから迫力があったね」

「凄い音だったよね、本気でぶつかってたもん」

「試合中に選手が声出してるのも、テレビじゃ聞こえないもんね」

 ベッドに倒された後、二人でゴロゴロしながら今日の感想をあれこれ話す。


「この子、いいよね」

 会場で購入したイヤーブック(選手名鑑)ーー売上金は全額トンガへ寄付されるーーを見ながら紗奈が言い出した。

 それはニ年前に入団した選手で大学時代はかなり活躍していたウィングだ。最近はあまり試合に出ていないから、もしかしたら怪我でもいているのかもしれない。今日もいなかったはずだ。

「へぇ、こういう子がいいの?」

「うん、好き」

 ニコニコしながら私を見る。

 ーーな。

 堪らず視線を逸らしてしまった。

 誰かを想ってそんな顔して欲しくない。

 あぁ、やだ。そんなふうに思ってしまう自分が嫌だし、そう思ってるって紗奈に思われるのもやだな。

 平静を装いながら聞いた。

「どこがいいの?」

「うーん、顔かな? 優しそうだし」

 なんで? 足が速いとか、ラグビーのプレイスタイルじゃなくて、そういう好きなの?

「そうなんだ」

「付き合ったら守ってくれそうじゃん」

「ーーっや」

「美穂さん?」

「やだ、なんでそんなこと言うの?」

 声を荒げてしまった。

 ーーふふっ。

 紗奈は、怒った私を見てさらにニコニコしていた。

「やっと妬いてくれた」と言って。


「推しの選手だけど、そういう好きじゃないから安心して」

 紗奈は私を抱きしめてキスをした。


 どうやら、私が嫉妬するか試したみたいだ。

「もう〜人の気持ち試さないでよ」

「ごめんなさい」

「許さない」

「えっ」

 怯んで力が抜けた瞬間に、抱きしめ返し組み敷いた。

「今夜は、やめてって言ってもやめないから、覚悟して」

 紗奈の弱点である首すじにキスをした。

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