第12話 紗奈side

 その日は最初から予定通りに行かなかったんだ。

 いきなり前日に休日出勤を言い渡されて、美穂さんに予定を変更してもらった。

 別の日に変更はしたくなかった。私が生まれた日に大事な人と一緒に過ごしたかったから。

 会社の帰りに美穂さんを迎えに行った。

 遅くなってしまったけど、だから泊まってもらう口実にもなったし、暗くて寒かったから手を繋げたのはラッキーだなと思ってた。

 部屋の前へ行くまでは。


 なんで、しーちゃんがいるの?

 この時、なんで美穂さんの手を離してしまったのか。

 しーちゃんの、挑発のような言葉に美穂さんは「帰る」と言って駆け出した。

 違う、美穂さんを傷つけたのは、この私だ。


「追いかけなくていいの?」

 しーちゃんが心配そうに言う。本当は優しい子なのは分かってる。少しだけ自分本位なんだけど。

「何しに来たの?」

「だから、誕生日ーー」

「違うでしょ、彼女と喧嘩でもした?」

 しーちゃんの反応を見ると図星のようだ。

「とりあえず入れてくれる? 凍えそうなんだけど」


「コーヒーでいいよね」

 インスタントでいいか。

「ねぇ、あの人と付き合ってるの?」

「うん」

「へぇ、そうなんだ」

「なに?」

「いやぁ、私とタイプ違うなって思って・・・」

「自惚れにも程があるわ」

「あはは」

「なんで嬉しそうなの?」

「もう、普通に話せないと思ってたから。ごめん、いっぱい傷つけた」

 しーちゃんが急に真剣な顔をするから、あえて明るく言った。

「友達でしょ? 普通に話すでしょ」

「そっか、そうだよね」

 少しはにかんだ顔は、幼く見えた。


「ねぇ、せっかくだからケーキ食べよ?」

「悪いけど、それは持って帰って。彼女に謝って二人で食べたら?」

「許してくれるかな?」

「知るか」

「えぇ、冷たいなぁ。友達じゃん」

「うるさいなぁ、とっとと帰って! ちゃんと気持ち伝えなよ」

「わかったよ、さーちゃんも早くあの人の所へ行きたいもんね」

「ダッシュで会いに行く」

 片付けは後でいいや。私も出掛ける準備をする。

「・・・さーちゃん、ひとつだけ信じてほしい。あの頃は、誰かの代わりなんかじゃなかったからね」

 さりげなく背中側からかけられた言葉に、切ない思いが懐かしさに変っていくのを感じた。




 

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