第10話 分かち合う
シューズを買ってから、私も少しずつ走り始めた。と言っても、最初は1~2キロ、今でもせいぜい5キロくらいの話だ。それでも、走り終わってみれば気持ちがスッキリしていて清々しい。短距離の選手として走っていた時とは全然違う気持ちだ。一緒に走ってくれる彼女の影響も多大にあるけれど。
「美穂さん、初詣行きましょう! あ、あけましておめでとうございまーす」
そう言って現れた彼女はジャージじゃないかい?
「もしかして、走って行くの?」
「もちろん」
新年早々、良い笑顔だ。
その笑顔に負けて、シューズを履いた。
「どこ行くの?」
「O観音辺りでどうかな」
まぁまあ近くて有名どころだ。
「あ、いいね」
エントランスを出て、道路を渡ろうとしたら。
「美穂さん、こっち」
「え、川沿いに行った方が近いよ?」
「近いけど、そっちは何もないから」
走り始めて、その意味がわかった。
普通の街並みをゆっくり走りながらも、寄り道が多いのだ。
可愛い建物を見つけて、何だろうと思ったら雑貨屋さんだったり。
角を曲がったら突然ワンコに吠えられたり、そしてしばらく戯れたり。
いい匂いに釣られて行った先にはパン屋さんがあったり。
「お腹空いた〜美穂さん、パン食べよ」
当初の『走る』という目的はどこへやら。
「そんなの楽しければいいんです」と言い切る紗奈が、可笑しくて頼もしい。
寄り道しながらも、ちゃんと観音さまには到着し、初詣も済ませ、お団子も食べて。
「はぁ、満足! お腹いっぱいになったら走る気なくなっちゃった。電車で帰ろ」
「え、そういうのもアリなの?」
「全然あるよ」
わりとよくある普通のことらしい。
家に帰ってからはのんびりしていた。
「何やってるの?」
「今日の走行距離、約10キロくらいだったよ」
と、アプリを見せてくれた。
「え、そんなに?」
まぁ、半分くらいは寄り道で歩いたり止まったりしていたけれど。
距離や時間だけじゃなく、走った地図も表示している。
「凄いね、これ」
「やる気になるでしょ? 美穂さんのにもダウンロードする?」
「うん、お願い」
スマホを渡すと。
「え?」
受け取るのを躊躇している。
「やって、くれないの?」
やっぱり自分でやらなきゃダメか。
「いいけど……美穂さん、人を信用しすぎじゃない?」
「ん?」
「私が勝手に変なのインストールしちゃったらどうするの? 今はストーカーアプリとか簡単に仕込まれちゃうんだからね」
「しないでしょ?」
「しないけどさぁ……まぁいいや、やってあげる」
「頼りにしてまーす」
「あ、そうだ。おみくじ、見ようよ」
お茶を淹れながら、思い出したので言ってみた。
引いたおみくじを、その場では見ずに持って帰ってきていたのだ。
「いいよっ、美穂さん覚悟はいい?」
「なんで覚悟がいるのよ」
何がおかしいのか紗奈はケラケラ笑っている。
紅茶を飲みながら、二人でおみくじを開いてみた。
「わっ」
「えっ」
お互いに顔を見合わせる。
紗奈のおみくじを覗いたら『大吉』だった。
「なんで……」
「美穂さんは? 凶? えっ、初めて見たかも」
ちゃんと凶も入ってるんだな、そんなことを思いながら、でもやっぱり凹んでいた。自分でも大人げないと思う。
「では、これは私が持ってますね。美穂さんはこっち持ってて!」
「なんで? いいよ、紗奈は大吉なんだし自分で持ってなよ」
「そんな泣きそうな顔してて、ほっとけないもん。良いのも悪いのも半分ずつでいいじゃん」
それにね、何が出ても交換しようと思ってたんだよ、と続けた。
美穂さんとは何でも分かち合いたいからと。
なんだか、今日の紗奈はーー今年の紗奈はか?ーー頼もしい。
そう言ったら、凶で泣く美穂さんが子供なのでは? と返された。
可愛くて好きですよ! とフォローされなかったら、本気で泣いてたかも。
「今日、泊ってく?」少しの期待を込めて聞いてみたけど。
「今日は帰ります」と、あっけなく撃沈した。
シュンとしたら、紗奈は申し訳なさそうな顔をして。
「来週はウチに来て欲しいな」と言うから
「もちろん、行く」と即答した。
「約束ですよ」と念を押すから
「何かあるの?」と尋ねたら
意味ありげな顔で「内緒です」と言う。
紗奈と会えるなら、なんでもいいや。
この時の私は、この恋に夢中だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます