第9話 クリスマスの夜に

 あれから紗奈は、来春開催されるウルトラマラソンを次の目標に決めた。

 走るトレーニングはもちろんするが、それに加えて腸活に力を入れている。

 長距離を走る時には内臓も長い時間揺れる。そのため腹痛や嘔気、食べられなくなってリタイアする人も多いと聞く。


「よく言われているけど、発酵食品は良いよね。ヨーグルトとか納豆やキムチなんかも。紗奈は納豆は食べられる?」

「うん、好き。毎食納豆でも良いよ」

「それはダメだよ、多くても1日に2パックまでにしなよ。発酵食品だけじゃなくてバランスよく食べることが大事」

 食事の基本だ。

「はぁい」

「それから、休養も大事だからね、無理しないように」

「はいはい」

「・・・」

「ん?」

「ごめん、いろいろ言い過ぎだね」

 また、口煩く言ってしまった。若い子なら『うっざ』って感じだろうか。


「美穂さん」

「わっ」

 いきなり後ろから抱きしめられた。

「いろいろ言ってくれて、私は嬉しいよ」

「ほんと?」

「もっと教えて! 休養って睡眠が大事ってこと?」

「そうだね、良質な睡眠が」

「あ〜それなら、美穂さんが一緒に寝てくれたら、私ぐっすり眠れるよ」

「そ、そう」

 さっきから、耳元で喋ってるから時折息がかかるし、何より紗奈の声が心を揺さぶるのだ。

「一緒に寝よ?」

「う、うん。睡眠だよね?」

「当たり前じゃん、もちろん睡眠だよ。美穂!」

「⁉︎」

 紗奈が名前呼びをする時は、スイッチが入った証拠だ。というより、私の方も呼ばれるだけで下腹部がキュンとなってしまうから厄介だ。

「どうした、大丈夫?」

「だめ......かも」

 我慢も限界だったので、振り向いて自分からキスをした。



 無邪気に眠る、年下の恋人の顔を眺めながら考えていた。

 いつもいつも、あれこれと、口出しをしてしまう私の悪いクセ。

 嫌がってないだろうか。

 鬱陶しくないだろうか。

 それでも、気になってしょうがない。

 可愛くってしょうがない。

 これって、母性本能ってやつかな? よくわからないけど。


 でも、私の気持ちや考えを押し付けるのだけはやめなきゃな。


 無意識に頭を撫でていたようで、紗奈が目を覚ました。

「あ、ごめん起こしちゃった」

 紗奈は何も言わず、3秒ほど私を見つめた後、また目を閉じた。

「あ、寝る? 二度寝する?」

 目を閉じたまま首を横に振る。

「ん、起きるの?」

 紗奈は、体を起こそうとした私を抱きしめて言った。

「今、幸せを噛み締めてるから、少し黙ってて」

 は、はい。


「ねぇ、さっきの何だったの?」

 朝食を作りながら聞いた。

「目が覚めたら、好きな人の顔があったから......」

 何でもないようなふうに、さらっと答えていたけど、よく見たら耳が真っ赤だ。

 やっぱり、可愛くってしょうがないや。


 今日は、一緒に買い物をする予定だ。

 なんてったってクリスマスだもの。

「ん、ここ?」

 珍しく紗奈が、行きたいお店があると言って来たのが、ここだった。

 スポーツ用品店のシューズ売り場。

「ウルトラ用のシューズ買うの?」

「それもそうだけど、今日は美穂さんのシューズを買いたくて」

「私の?」

「一緒に走ろ」

「う、うん」

 思わずそう返事をしたら、心底嬉しそうに笑うから、これはもう走るしかないかな。


「よし、選ぼう」

 やっぱり今流行りの厚底かなぁ、と呟いて、紗奈は早速シューズを手に取っていた。

「私はA社のが好きだけどH社のも人気なんだよね」

 そう言って渡された何足かを試し履きした。そのうちの一つが、足にフィットする感覚があった。

「これ、いいねぇ」

「そう? じゃキープね」

 それからも何足か履いた。

「ねぇ、紗奈が履いてるのはどれ?」

「私のは、このタイプ。ん? お揃いにしたいとか?」

 図星だった。

 履いてみたけど、なんだかしっくりこない。ん〜残念。

「やっぱり、さっきのにする」

「わかった。買ってくるね」

「え?」

「クリスマスプレゼントにさせて!」

 え、高価だよ?

 私の驚きを察したようで、

「いつもお世話になってるので」と先に言われた。

「ありがとう」

 素直に受け取ることにした。

 


 家に帰ってから食事をした。

「どこかでディナーでも良かったのに」

 クリスマスなんだし。

「美穂さんの料理より美味しいお店、見つける方が大変だもん」

 なんて嬉しいことを言ってくれるから、もっと美味しい料理を作ろうと思えるんだなぁ。


「これ、クリスマスプレゼント」

 用意しておいたプレゼントを渡す。

「いいの? え、マッサージ器?」

 クッション型のマッサージ器だ。

 凄い凄いと盛り上がっている。

「使わない時でも部屋に置いておけるでしょ」

 インテリア的にも良いかなと思って選んだのだ。

「うん、いいね。ありがとう」

 早速、足に当てている。

「ほんとは私がマッサージしたいんだけどね。苦手でしょ? マッサージされるの」

「え、そんなことないよ。全然してくれていいのに」

「そうなの?」

「いやむしろ、して欲しい」

 てっきり、触られるのが苦手だと思い込んでいた。

「だったら、するよ! 温まった方がいいから、お風呂入ってきて」

「はーい」


「最近また、長く走ったね? 張ってるよ」

「ん、30キロくらいかな」

「そっか、じゃ足全体やるよ。うつ伏せになって」

「お願いします」

 まずは、お尻の上の方からだ。

「うっ」

 いきなり触ったのがいけなかったのか、力が入るのが分かった。

「ストレッチもそうだけど、順番があるからね。大きな筋肉からほぐしていくね」

 最初こそ「あっ」とか「うぅ」とか、声も出ていたけれど、徐々に力も抜けていって。

「足はこんな感じで終了ね、上半身もしようか?」

「えっと、じゃ軽めにお願いします」

「オッケー」

 肩から肩甲骨を軽く揉みほぐす。

 ランニングでは、腕振りに関係する重要な場所だ。

 あとは腰と、、少し邪な気持ちも働いて脇腹に触れると、ビクッと身体が跳ねた。

「あ、ごめん」


  恋人関係であり、体の関係ももちろんあるけれど、触れられるばかりで、実は紗奈の身体に触れることは少ない。触れようとするとさりげなく避けるから、触られるのが苦手なのかなと思っていたのだけど。


「美穂さん、もういいです。ありがとう」

 一瞬、このままイチャつきたい気持ちを抑えて、紗奈の身体の上から離れた。

「うん、またいつでもするからね」

「ーーうん」

「あれ、気持ち良くなかった?」

「そうじゃなくてーー」

「ん、もしかして感じた、とか?」

 意地悪な聞き方をしたけれど、顔を上気させながら首を横に振るーーよくわからないと。


「紗奈」

 名前を呼びながら口付けをした。

「ねぇ、紗奈に触ってもいい?」

「美穂さん、私……経験がなくて」

「えっ、でも」

 紗奈のテクニックは割とーーいやかなりーー上手いと思う。

「しーちゃんには、するばっかりだったから」

 しーちゃん? あ、元カノか。

「男の人とは?」

「ないよ」

「そっか」

 軽いキスを交わしながら、頬に触れる。ゆっくり首、肩、腕を撫でる。

「嫌な感じ、する?」

 首を横に振る。

「嫌だったらやめるから」

 瞳を見つめながら、胸に触れる。

「美穂、、さん」

「紗奈、その顔、可愛い」

 こんなの我慢出来るわけない。

 キスをして舌を絡めながら、胸を揉む。

「っや、美穂っ」

「嫌?」

「やじゃない」


「優しくするから、紗奈の初めてを貰うね」


 クリスマスの夜

 初めての夜。

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