第4話 スポーツ観戦

「わっ、ナイスジャッカル! 行け、そのまま。よし、抜けた」

 画面に向かって一人で盛り上がっちゃって!


「紗奈〜こっち見てよ」

「だめ、一瞬で展開変わっちゃうから。後でね」

「後って、いつ?」

「後は......あぁやばい、フルバック止めて」

 全然聞いてないし。

 紗奈がこんなにハマるなんて、あの時はわからなかったなぁ。


ーーー


「スタグル?」

 聞き慣れない言葉みたいで、紗奈ちゃんは不思議そうな顔をしていた。

 約束していたデート、じゃなかった外食か。何が良いかと聞かれて、私が答えたのがスタジアムグルメだ。

 紗奈ちゃんがご馳走してくれると言うし、あまり高価なものやかしこまった場所では楽しめない気がするし、何より、私の目的は食事よりデートなんだから。それに最近のスタグルは、なかなかに美味しい。たまに無性に食べたくなる。


「でも、私の食べたいものでいいの?」

「もちろん、いいですよ」

「ありがと。紗奈ちゃんは優しいね! 楽しみにしてるね」

 一瞬にして耳が赤くなって、顔はふにゃって柔らかく笑う。

 少しあざとかったかな? と自分でも思うけど、この顔が見られたから今日はこれだけで満足だ。

 私が笑うと、紗奈ちゃんも満足気に

「では、今日はこれで失礼します」

 と、律儀にも一礼して走って行った。

 ランニングの途中だった紗奈ちゃんを呼び止めたのは5分ほど前。

 ほんの立話でも、こんな気持ちになるなんてね。思った以上に重症かも。



 当日も、私のマンション前で待ち合わせ、一緒にスタジアムへ向かう。

 私鉄に乗り、一回乗り換えて、最寄駅からは歩く。

「お天気で良かった〜」

「気持ちいいですね」

「走りたくなっちゃう?」

「あ〜少し。でも今日は美穂さんと一緒に歩きたいです」

 そんなキラキラした目で言われたら眩しいよ。

「またそんな嬉しいこと言うんだからぁ。じゃ、ハイ!」

 手を差し出してみたら、驚きながらもしっかりと手を繋いでくれた。

 ずっとこのまま歩き続けてもいいな。

 少し遠回りしようかな。



 試合は午後からなので、まずはスタジアムグルメを堪能しよう。

「いろいろあるんですねぇ」

「何がいいかなぁ」

「うぅ、どれも美味しそう」

 ふふ、こういうところも好きだなぁ。

「美穂さん、何か言いました?」

「ううん、思う存分悩んでいいよ」

「ラーメンまであるんですねぇ、辛そう」

 この辺りでは有名なお店の台湾ラーメンだ。

「辛いのは苦手?」

「少し」

 そっか、覚えておこう。


「美穂さん、決めました」

「よし、せーので指さそうか」

 セーノ♪

「気が合いますね」

 そんな些細なことも嬉しい。


「お待たせしました〜」

 スタジアム外のちょっとした公園の芝生で待っていると、よく通る心地よい声とともにやってきた。

 手には私たちが選んだバーガーを抱えて。

「ありがとう」

「美穂さん、もしかしてウトウトしてました?」

「そんなわけないじゃない。まあ、お昼寝も気持ちいいなぁとは思ってたけどね」

「ですよね」

「じゃ、今度のデートは公園でお昼寝とかいいね」

「デ......?」

 しまった、つい、口が滑った。

「あ、えっと」

「美穂さん、それ、最高じゃないですかぁ」

 あ〜でも、日焼けには気をつけないとですよっ後が大変ですからぁ。さぁ、食べましょ、冷めないうちにって。

 いつになく饒舌で、あぁ照れてるんだなぁって分かったから。

「ご馳走になります」と言って食べ始める。

 定番のバーガーだけど、地元産のお肉と野菜を使ったもので、なかなかのボリュームである。

「あ、唐揚げも買ってきたので食べてくださいね」

「あら、これも美味しそう」

「でしょ? なんとかの金賞受賞したって書いてありましたよ」


 にこにこしながら、思いきり頬張る。

 あぁ、やっぱり好きだなぁと思う。

「なんですか?」

「美味しそうに食べるなぁって思って」

 一瞬、恥ずかしそうにしたから。

「違うの、そういうのが好きなの。見てて気持ちいいーーあ、えっと、ほら食に関わる仕事してるから職業柄?」

 本音が溢れそうになって、最後は言い訳みたいになったけど。

「美味しいもの、大好きです。要は食いしん坊なんですね、あ、でもーー身体には悪そうですよね、今日のメニュー」

「ん、ジャンクフードはね、続けるとダメだけどね。食べ方を工夫すれば良いと思うよ。野菜を一緒にとるとか飲み物を無糖にするとか。という事で、はい、烏龍茶」

 買っておいたお茶を渡す。

「ありがとうございます。では、夜は野菜たっぷりのメニューですね」

「そうだね」

 期待していいのかな? 夜まで一緒にいてくれるって。

 食べ続ける横顔を見つめた。



 お昼を食べ終えて、スタジアムへ入る。

「紗奈ちゃん、これがチケットね」

 一緒にゲートをくぐる。

「はい。えっとラグビー?」

 意外そうな顔をしている。

「うん、見たことない?」

「テレビではありますよ、お正月にやってますよね?」

「大学ラグビーだね、今日は社会人だよ」

 話しながら階段を上がる。

 この辺でいいかな。空いている席に座る。

「あの、チケット代は?」

「知り合いに貰ったのだから大丈夫だよ」

「えっ、ほんとに?」

「うん、以前にねこのチームのサポートしてて、コネがあるんだ」

「あっ、それで?」

「ん?」

「美穂さんがラグビー好きのイメージがなくて」

 ごめんなさい、偏見ですねと謝っている。

「まぁ、マイナーなスポーツだしね、仕事での縁がなければルールも知らなかったかも。でもね、紗奈ちゃんもきっとハマるよ」

 何故かそう思ってしまう、謎の自信。

「なんとなくですけど大体のルールは分かるし、サッカーより好きですよ」

「それは良かった、楽しもうね」

「はい」


「やっぱり、テレビより迫力がありますね」

 そんな感想を嬉々として報告してくれる紗奈ちゃんと、ハーフタイムに入ったので飲み物を買いに行く。

「声とか体がぶつかる音とか凄いよね」

 通路に出ると、人が集まっている場所があった。選手が出てきていてファンサービスを行っているみたいだ。

「あ、美穂さん!」

 そんな選手の一人から声がかかった。

「あれ、来てたんですか?」

「お久しぶりです」

 何人かの選手にも挨拶をされ

「頑張ってね」

 と、エールを送る。

 話をしたのは一瞬だったはずなのに、いつのまにか紗奈ちゃんとはぐれてしまっていて驚いた。

 キョロキョロしていたら「美穂さん?」と可愛い顔を覗かせる。

「あぁ良かった。いなくなっちゃったと思ったわ」

「囲まれてましたね、美穂さん人気者なんだぁ」

 いいなぁっていう小さな声が聞こえた気がした。

「がたいがいいからね、みんな優しい子だよ。なに、気になる子でもいた?」

「いたら紹介してもらえます?」

「えっ」

「冗談ですよ、さぁ行きましょう! 後半が始まりますよ」

 モヤモヤした気持ちを抱えながら、後をついて行った。



「私、好きですーーラグビーが」

 ピッチを見守りながら静かに話し始めたので、相槌を打ちながら先を促す。

「自分を犠牲にしてボールを繋ぐところとか。タックル受けて倒されてそれでもボールは繋がってトライを目指すんですよね。でも......怖いですよね、タックル受けるのって。ボールを持ったら確実に相手はタックルしに向かってくるんだもん。それでもボールを持つ勇気」

 私も欲しいな。最後にそう言った声は、オフサイドの歓声にかき消されそうだったけれど、私の耳には届いた。


 人混みを避けるために、しばらくは座席に留まっていた。

 どこに転がるか分からない楕円のボールーーそれを片付ける選手、スタッフたちをしばらく眺めてた。

「さぁ、行こうか」

「はい」

「どうする? どこかで軽く飲む?」

 返事に少し間があった。彼女は意を決したように言った。

「もし良ければなんですけど、美穂さんの部屋に行きたいです」

「ん、いいよ」

 初めてだな、紗奈ちゃんから私の部屋へ来たいと言ったのは。

 いつも私が誘ってばかりだったから。

 勇気出してくれたのかな。


 野菜、いっぱいあったかな?

 冷蔵庫の中身に思いを馳せた。


ーーー


「うわっ」

 後ろから抱きしめた。

「ハーフタイムだからいいでしょ?」

「10分やそこらで終わるの?」

 それは無理かも。

「うぅ、あと40分もお預けなの?」

「一緒に見ようよ、ただしお触りなしでね」

「えぇ、なんで?」

「私が我慢出来なくなるから」

 我慢なんてしなくていいのに。

 怒り出さない程度に触れ合いながら、隣で画面を見つめた。


「そういえば、最初にスタジアムに行った時にさぁ、気になる子紹介して欲しいみたいに言ってなかったっけ?」

「そうでした?」

 言葉とは裏腹に、体はビクリとしたクセに。顔を覗き込んだら観念したようにため息をついた。

「あれは美穂さんの事です。あの時にはもう好きだったから」

「ふぅん、そうだったんだぁ。じゃ、40分待ってあげる」

 そっと指を絡めた。


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