第3話 食
「ねぇ、紗奈! そろそろ話してくれる気になった?」
今日は2人で土手を散歩している。
さっきまで、同じく散歩中の他所のワンコと戯れていた紗奈に尋ねた。
「えっ」
何のことを言っているのかは、分かっているようだ。最近は私も、紗奈の表情で考えている事が読めるようになってきた。それだけ近くにいる時間が増えたという事だろう。
ーーー
土曜日の午後。
今日は紗奈ちゃんと一緒にご飯を作る。
前回、帰り際に思わず抱き締めてしまったけれど、気にしている風もなくやってきた。
「土日がお休みなの?」
「しがない事務員なので、カレンダー通りです」
「そっか。一週間おつかれさま」
「いえ、お休みに合わせていただいてありがとうございます」
前から思っていたけど、律儀な子だ。
まだ会うのは3回目だから遠慮もあるのかな。
「じゃ、早速作ろっか」
キッチンに案内するとキョロキョロして少し落ち着きがない。
「凄いですね、プロっぽい。あ、プロか」
「プロって程ではないけどね」
それなりに調理器具は揃ってるかな。
広さも十分あるから、2人で並んでも窮屈ではないと思う。
「まずは。。っと、ブロッコリー茹でるのと、タコ切るの、どっちがいい?」
少し考えて、紗奈ちゃんは「ブロッコリーで」と答える。
「じゃ、お願い!」
「どのくらいの固さがいいですかね?」
「ソテーするから固めでお願い」
「はい」
「あぁ、食欲そそる匂いですねぇ」
オリーブオイルにニンニクを入れ、火を入れるだけで香りが立つ。
一品目は、タコとブロッコリーのガーリックソテーだ。
「テーマは疲労回復ね、長距離走った後とかにいいかな」
「なるほど」
「いつも、どのくらい走るの?」
「平均すると10キロくらいかな」
「凄いね、でも無理しないでね」
「はい」
「次は。。っと、スープを作るね」
「はいっ」
「胸肉をミンチにするね」
ミンサーを準備していると不思議そうな顔をした。
「ここで?」
「そうだよ」
「うわっ、初めて見た」
ミンチになる様を食いついて見ている。思わず敬語も外れてるし。やっぱり可愛い。
「じゃ、紗奈ちゃん。それを団子にしてくれる?」
「はーい」
鶏団子と豆腐のスープに。
「あ、これも入れておこう」
と、取り出すと。
「あ、マロニーちゃん」と、反応する。
ちゃん付け‼︎
やばっ、可愛すぎるし。
「ではでは、メインはスープにも使った鶏胸肉を使いまーす」
「あっ、いいですね」
「高タンパクで低カロリー、アスリートには定番だよね! ハーブ焼きにするから、ハーブ採ってくるね」
「えっ?」
「ベランダで栽培してるから」
「あぁ、そうなんですね、一緒に行っても?」
「うん、いいよ」
リビングを通り窓を開けて、ベランダへ。プランターからハーブを採る。
心地良い風と共に、土手を歩く犬の泣き声が聞こえてくる。
あ、ワンコ! と呟いて。
「よく見えるんですねぇ」
ベランダから下を覗いている。
「うん、そう。そういえば紗奈ちゃん、犬好きだよね」
「はい。犬が散歩してると、つい構いたくなっちゃう......えっ、なんで?」
なんで知ってるのか?っていう表情でこちらを振り向いた。
「あっ......実は、時々見かけてて。犬の頭を笑顔で撫でてる紗奈ちゃんを」
可愛いなぁって気になってた。なんてことは内緒だけど。
「えぇ〜、やだ恥ずかしい」
両手で顔を隠している。
いつも、ここから見ていただけのあの子が、今はここにいるなんてね。
「さ、行こうか」
キッチンへ戻り、採ってきたハーブとオリーブオイル、ニンニク、塩コショウに、あとはレモンを揉み込む。これで少し時間を置く。
「少し休もうか」
紅茶を淹れて飲むことにする。
まだ少し、恥ずかしがってる紗奈ちゃんに申し訳なくなって。
「ごめんね、知らないところで見られていたなんて、嫌だったよね」
と、謝る。
「いえ、美穂さんが悪いわけでは......私、他に変な行動してなかったかなぁって思って」
「してなかったと思うけど......なんか面白いね、紗奈ちゃん」
私が最初に見かけた時は、やっぱりこの部屋の窓からで、大型犬と戯れていた。その次に見たのは私も土手を歩いていて、あぁこの前の子だ! と気付いた。その時はミニチュアダックスフンドにキスをしようかってくらいの勢いだった。近くで見たのは初めてだったけど、ほんとに笑顔が眩しかったのを覚えている。思わずこちらも笑顔になってしまう程に。それからは、カーテンを開ける度に探すようになっていた。
「さぁ、食べようか」
「はい」
紅茶を飲んだ後、漬けこんだ鶏肉をオーブンに入れ、焼いている間に豚しゃぶサラダを作って、調理の部は終了だ。
「あ、おいし」
「うん、美味しい」
喜んで食べてくれて、美味しいと言い合える。
紗奈ちゃんの食べっぷりも気持ちいい。
「ありがとね」
「え、美穂さん。こちらこそ、ありがとうですよ」
「ふふ、あ、まだお腹入る? デザートあるけど」
「別腹ではありますけど、時間置いた方が美味しく食べられるかも」
「そうだよね、お散歩でもする? 食べた直後に走るのは厳禁だからね」
「はい」
二人で並んで、いつも紗奈ちゃんが走っている道を歩く。
「そういえば......」
「......何ですか?」
私が言いよどんだので不思議そうな顔をした。
「ごめん、なんでもない」
「えっ、気になるじゃないですか、何でも聞いてください」
「えっと、犬が嫌いなお友達いるよね? よく一緒に歩いてた。」
「えっ」
「最近は見ないなぁって思って」
これではまるで紗奈ちゃんを監視してたみたいだなって思いながらも、どうしても気になっていたから。
以前はよく、紗奈ちゃんと同年代くらいの女の子と一緒に歩いてたのを見かけていたのだ。その子は紗奈ちゃんが犬に近づいて戯れていても遠くで眺めているだけだった。通り過ぎる時には明らかに犬を避けていた。その子が犬嫌いかどうかはどうでも良いが、その子を見る紗奈ちゃんの表情がね、気になってしょうがなかったのだ。そして、その子はある時期から見かけなくなった。
「美穂さんは、人間観察が趣味なんですか?」
「ごめん」
「当たりですよ、彼女は犬を怖がっていましたね。少し前に絶縁しました。あ、別に犬が原因じゃないですよ、いろいろあって」
今まで見たことのない、悲し気な顔をしていた。
「そっか、私でよかったら話聞くよ」
「ありがとうございます。でも今は......いつか聞いてもらうかも」
「うん、わかった」
デザートはシフォンケーキだ。
私は1日置いたしっとり感が好きなので、昨日焼いておいた。
「うわ、フワフワ!」
「今回はバナナシフォンにしたの、どう?」
「美味しいです」
「マラソンの時の捕食用にも良さそうでしょ?」
「ん〜いい、絶対いい」
「良かった」
「美穂さん、何でも作れていいなぁ」
「紗奈ちゃんだって作れるよ?」
「こんなにフワフワになるかなぁ、難しそう」
「今度、一緒に作ろ?」
「はい!」
料理が趣味で良かったと思った。
この笑顔が見られたから。
「ねぇ美穂さん、今回は材料費プラスアルファ払わせてください」
帰り際、真面目な顔で言われる。
「そんなの気にしなくてもいいのに」
「でも......」
要らないって言っても引かない感じなのかな。
「じゃ今度、外でご飯食べない?その時ご馳走してもらうって事でどう?」
さりげなくデートに誘えて一石二鳥だ。
紗奈ちゃんは少し考えた後、笑って
「楽しみです」と言った。
ーーー
「犬嫌いな友達の話?」
「うん」
「美穂さんの想像通りだと思いますよ」
「私の心が読めるの?」
「大体は」
「そっか、振られたのか」
「...っ」
「その友達にお礼言わなきゃ。振ってくれたおかげで、紗奈は今ここにいる」
「美穂さん」
「ねぇ、今、私が何考えてるかわかる?」
「わかりますよ、私も同じこと考えてますから」
「じゃ、早く帰ろうか」
「はい」
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