03 鶴の翼

 奇襲は、もはや奇襲ではない。


 久米川に陣する桜田貞国率いる幕府軍に対し、払暁、新田義貞は麾下七千の軍と共に奇襲した。

 そのはずだった。

 だが。

「お出ましだな、新田義貞」

 貞国は義貞の策を読み、待ち構えていた。

「……まさか今さら、矢合わせを、とは言わぬよな?」

 義貞に驚愕する暇すら与えず、貞国は間髪入れずに攻撃を開始した。

「くっ」

 今度は虚を突かれる立場になった義貞は、幕府軍の攻撃を迎え撃つ破目になった。

「押せ!」

 貞国は先の敗戦の汚名をそそがんと、自ら抜刀して猛進する。

 一方の新田軍は、渡河したばかりかあるいは渡河中であり、迎撃の態勢としては不十分であった。

 文字通り、新田軍は、窮地におちいった。



 昨日の小手指原こてさしはらと攻守を逆転し、新田軍は幕府軍の大軍による攻勢に屈し、久米川の向こうへと追い込まれていった。

 そうでなくとも、川の中であり、足場が不安定。

 やはりそこをつけ込まれて、矢を射られる。

「……じり貧だ、これでは」

 新田軍に加わったばかりの御家人、河越高重はそう呟いた。そして果敢にも殿しんがりを務める新田義貞を見た。

「勇は認める。が……」

 そこで近くを通った脇屋義助を掴まえて、言った。

「脇屋どの、このままでは負ける。はっきり言うぞ、負ける」

「…………」

 唇を噛み締める義助を見て、高重はちがうちがうとつけ加えた。

「わしは別にそれを責めているのではない。あの男をここで失うのは惜しい。だから……」

 高重は近づいて来た幕府兵を斬り伏せる。高重は武蔵七党をこの戦いに率いて来ている。その責任もあって、後に引けない。だからこそ、言った。

退け。あるいは、足利に、紀五左衛門きのござえもんに助けを乞え。今なら、間に合う」

「…………」

 義助が頷こうとした時、幕府軍の長崎泰光が吶喊とっかんして来た。

 その勢いに、たまらず義貞も押され、高重と義助の近くにまで後退する。

 そこで高重は、義貞にも撤退あるいは救援の提案をした。

「一刻を争う! せめて、八国山に退け! おお見よ、幕府軍の動きを! これは……」

 名族・河越氏の当主として、高重は兵法を修めていた。その研鑽が今、幕府軍・桜田貞国の策を見抜いた。

「鶴翼だ!」

 鶴翼の陣。

 大きく翼を広げた鶴のように左右に軍を展開し、そして展開した軍を

 敵を包みながら。

 し潰して。

「見よ、あの広がった翼が閉じる、その時こそ」

 終わりだ、と高重は言おうとした。

 が、横にいた義貞は言った。


「その時こそ、おれたちの勝ちよ」

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