02 久米川

 一方で、久米川に陣を張る幕府軍三万前後は、大将である桜田貞国さくらださだくにの本陣に、部将である長崎泰光ながさきやすみつ加治二郎左衛門かじじろうざえもんらが集い、今後の対応を協議していた。

新田にったとやら、いくさ作法さほうを知らぬ」

 日中における小手指原こてさしはらの戦いにおいて、新田義貞にったよしさだは入間川を渡河し、そしてそのまま矢合わせをせずに、貞国の軍に襲いかかってきた。

 矢合わせとは、合戦の前に大将同士で鏑矢かぶらやを交わし、開戦を告げる作法である。

 その矢合わせ無しで攻撃に入った新田軍に対し、幕府軍は虚を突かれるかたちになり、そしてそのまま押しに押され、こうして久米川にまで退く破目になった。

「必ずや、次もまた卑劣なで来るに相違ない」

 だが貞国としては、が分かった以上、対応は可能と判じた。

 ここで加治二郎左衛門が発言を求めた。

「では貞国どの、新田めは、どう出ると」

「……奇襲よ、奇襲」

 酷くつまらなそうな表情をして、貞国は答えた。

 寡兵で多勢を退けるなら、虚を突くほかあるまい。小手指原のように。

 なら次は。

「大方、明朝にでも忍んでやって来るであろうよ」

「では」

 副将の立場である長崎泰光がどう対応するか、短く問うた。

 貞国はわらった。

「だからこその久米川よ。いいか、水音に耳傾けよ。馬が渡る音が聞こえたら、だ」

 貞国は幕府執権・北条家の一門として、兵法を学んできた。作法を重んじるきらいがあるが、決して無能ではない。でなければ、こうして叛乱軍鎮圧の将として任命されていない。

「いいか、が聞こえたら、迎え撃て。しかるのちに……」

 貞国は新田軍を撃退するべく策を開陳した。

 泰光と二郎左衛門はそれを聞いて深く感じ入り、「さてこそ」と膝を打つのであった。



 明朝。

 夜明け前。

 久米川。

 新田義貞は、自身の率いる七千の軍に命じ、ひそかに渡河を始めた。

 馬には板をませ、いななきを封じる。

「…………」

 その無音の進軍は、幕府軍には悟られていないのか、張られた幕の向こうからは動きが感じられなかった。

 義貞がまず岸に上がる。

 次いで弟の脇屋義助が。

「…………」

 義貞が片手を上げ、下ろす。

 義助が、幕へとひた走る。

 走りながら、無音で抜刀。

 一瞬だけ義助が振り返ると、義貞が頷いていた。

 朝日が昇った。

 刃が光って、横薙ぎ一閃。

 幕の向こうが、見えた。


「……お出ましだな、新田義貞」

 そこには、幕府軍が満を持して、待ち構えていた。

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