【連載第一弾#1】First Contact

 地球が見えなくなってしばらく経つ。


 それでも、太陽は確かに確認出来る。


 太陽系惑星は比較的近い間隔で点在しているのだが、そろそろその惑星群から抜けてしまう頃だ。


 地面のないガス惑星・海王星に一番近づいた人類として、歴史に名を連ねる事だろう。

 ただ、その記録を地球にお届け出来ないのが残念だ。


「地球より青かった。」


 ガガーリンの名言を文字った一言をつぶやいてみた。

 スマホに、声も吹き込んでおいた。

 私が息絶えても、いつか誰かがこの記録を見つけてくれるかもしれない。


 そんなちょっとした事に楽しみを見出しだしつつある一方通行の宇宙旅行中だ。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 何年も人と話さない帰還が続くと、人は言葉を忘れてしまうのだと実感した。


 意味の似た言葉を選ぶのが難しくなったり、漢字表記はもう出来ないものもある。



「まずいな…」



 何がまずいのかというと、自分がここにいるという記録を、文字や音声で記録できなくなってしまうから。



「今さらだけど、やってみるか…」



 本当に今更。


 その日から、毎日かかさず映像日記を残す事に決めた。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


【 1日目 】


「今日も宇宙は暗い。地球はもう見えなくなった。」


 ちらっと、外が見える窓を見る。


「それでも、寂しくはない。地球にも綺麗な星空はたくさんあったが、ここは毎日満天の星空だ。帰ったら、この話しもたくさんしたいな。」


 ほんの一分ほどの映像を撮り終える。


 映像のタイトルには「1日目」と記した。


 宇宙に来た時のはバタバタして、こんな記録を取る余裕がなかったから、ようやく余裕が出てきたのだろうか。



ー 明日からも、この映像を撮ってみよう。-



 久しぶりに明日のことを考えながら生きている実感が沸いた。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


【 2日目 】


「今朝も夢を見た。誰かの声が聞こえてくる。


『起きて、そろそろ起きてもいい頃だよ』


 懐かしい声で呼びかけてきたから、もしかして!と思って、目を開けたけど、やっぱりいつもの天井。


 毎日夢を見てて、その声に誘われるように起こされる。


 残念だけど、寂しくはない。むしろ、空耳でも声を聞けて嬉しい。


 そんな事でも、この宇宙船で一人じゃないと思える。」


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 こんな他愛もない動画日記を毎日撮っている。


 動画に何か大きな変化があるわけじゃないけど、毎日生きている事を確認出来る。


 ふと窓に目を向ける。


 毎日、違う星のアートが広がっている事も併せて報告したりする。


 動画日記を始めて一ヶ月ほど。

 変化は突然訪れた。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


【 30日目 】


「おはよう。今日は30日目。元気だよ。

 ただ、昨日から何かがおかしい。

 ちょうど窓から見える星が、近くに見えているのだけれど、星に影が落ちている。

 その星の影が、どんどん大きくなっているように見えるんだ。

 ゆっくりだから、まだ何なのかわからない。ずっと見ていこうと思う。」


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 日記に入れた音声の通り、星の影が大きくなっているように思う。

 その影は、最初は何も気にならないごく小さな黒点だった。

 星を周回する小惑星かなにかだと思っていた。


 しかし、それは時間を追うごとに大きくなってきている事に、今朝気づいた。


 まだ肉眼でも双眼鏡でも何かを確認できない。


 何しろ黒い。


 これは、眠っていられない。


「今夜は徹夜か。」


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「ねむい...」


 本来ならもうとっくに寝床に伏している時間。

 自由きままに寝て起きて、という生活が出来ない私は、何となく体内時計に準じて、しっかり寝起きしている。

 だからこそ、深夜ともいえる今、眠気がちゃんとやって来た。


 カフェインを摂取したい。


 そんな衝動に身を任せ、あつあつのコーヒーを汲みにキッチンの方へ歩き出した。


「ふぅ...さすがに眠いな...。」


 睡魔と戦いながら、ふわふわした気持ちで窓の方へ戻って来る。


「...えっっっっ!!!?」


 目の前になっている事に驚きと動揺を隠せない。


 今このコーヒーを淹れに行ったたった数分。

 多分、2分あったかどうか。


 窓に映る光景は、2分前のモノとは似ても似つかない。


「こ...これは何だ...。」


 窓の外は、星が近くの恒星の光に煌々と照らされていたはずだ。

 その星に、黒い影が落ちていてゆっくりと大きくなっているように見えていた。


 しかし、目の前はほとんど光を感じない。

 全面が真っ黒になってしまっていた。


 眼前に広がっていた星の光や、その他の星たちはどこにも見えない。


「どういうことなんだ...。星は...あの影は...。えっ、もしかして...。」



ー もしかして ー



 今、考え付く限りの[もしかして]を振り絞っても、一つの答えしか出てこない。



ー あの影が、目の前に ー



 もうそれしか思いつかない。

 目の前の、一面の真っ黒は“ あの影 ”としか考えられない。


 目を離した数分で、とんでもない大きさになったのか。

 それとも、眼前まで近づいて来たか。



ー 怖い ー



 宇宙を漂流し始めて不安はあったが、ほとんど諦めてしまっていた。

 それに、怖いと思ったことはほとんどなかった。


 初めて、宇宙の恐怖にさらされた。


 どうすればいいんだろうか。


 答えなんてないんだろうけど、思考を張り巡らせていると、またも思いもよらない事態に陥った。



【 ドドオオオオオオーーーーーーーン 】



 信じられないほどの轟音と振動と共に、何かがこの宇宙船にぶつかった。

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