【短編#2】ロッカーからの音
宇宙を漂って何年になるだろう。
もう何時かも何月何日かもわからない。
この宇宙船が、宇宙ステーションから切り離れされてから何年前だったか。
途中から数えるのもやめてしまっている。
無音の宇宙空間。
なぜか宇宙空間であるはずの天井当たりから、起きて起きて、と聞こえるときがあるのだが、まぁ空耳の類いだろう。
疲れているのか、人と話さな過ぎて幻聴か何かか。
もう地球どころか太陽系の惑星群からも離れている。
恐らくは人類で一番遠くに行った人間でギネス記録に載せてもらえることだろう。
授賞式には立ち会えそうにないのだが。
私は、いったいどこまで行くのだろうか。
誰かが私を助けに来てくれるだろうか。
はたまた、人類とは別の生物に出会うのだろうか。
それとも、私はこのまま飛び続けるのだろうか。
そんなことを考えながら過ごしている。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
私は既にいくつかの惑星を通り過ぎて来た。
火星・木星・土星は肉眼ではっきりと確認できる位置にまで迫った。
最初に火星が見えて来た時には、少しテンションが上がったのを覚えている。
それぞれに惑星の引力に引き寄せられないようにするため、近づき過ぎないよう制御されている。
きれいだ。
生きている星は、どんな環境であっても様々な色を放っている。
星の表情とでも言うのか、次の日見るとまた違った表情を見せてくれる。
火星は大昔、水が表面を流れていたと言われている。
山や川があるのが、見て取れた。
火星には探査機が幾度もトライしているが、人間がこんな所まで来たのは初めてだろう。
その火星を通り過ぎていく頃。
背にしてだんだんと遠ざかって行く。その時、不思議な体験をした。
それは、いくつかあるロッカーから音がしている事に気づいた事から始まった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ー コンギーコンコンコン、ギーコンギーコンコン、コンギーコンギーギー… ー
ん?今、何か音した?
地球から遠ざかってから、私ひとりの船内で私が立てる音以外はほとんど聞こえない。
宇宙船外は宇宙空間で、音は伝わってこない。
…と、いうことは…?
ー コンギーコンコンコン、ギーコンギーコンコン、コンギーコンギーギー… ー
「ひゃっ!なになになになに」
どういう事だ。確かに何かが動いている音がする。
しかも、リズミカルに。
たまたま置いていた物がぶつかって、という音でもない。
「気味悪いな…誰かいる…なんて事はないか。ネズミでも潜りこんでたのかな…」
とりあえず、見てこないと。
気は乗らないが、ロッカーのある部屋まで、海を泳ぐように進んでいった。
入ると自動的に明かりが点く、はずなのに、既にライトが点いていた。
何かが…何かがいる…?
気配とかそういう物がわかるほど感性が鋭いわけではないので、何か居ても目で見るまでわからない。
音がするのはロッカーからのようだ。
中に何かがいるのか。
ロッカーを睨んでいると、
ー コンギーコンコンコン、ギーコンギーコンコン、コンギーコンギーギー… ー
「うわっ!なななな」
何なんだ、と言い終わる前に、冷静さを取り戻した。
今の声は聞こえたはずだ。
もし、ロッカーの中に入っている何かが、言葉を聞き取れるなら、この言葉に何かしらの反応があるはず。
ー ......。 ー
「......。」
何の反応もない。私も言葉を発する事ができないでいた。
しかし、このままでは埒が明かない。
意を決して、ロッカーの扉を開くことに決めた。
私は、一歩、また一歩とロッカーへと歩みを続けた。
ー コンギーコンコンコン、ギーコンギーコンコン、コンギーコンギーギー… ー
再び同じリズムで、ロッカーが鳴る。
一瞬うろたえてしまったが、もうこのまま引き下がってもどうしようもない。
「開けるぞー。いいかー。開けるぞー。」
緊張感のない言葉を発してしまった。
呼びかけたつもりだが、恐らく伝わってはないだろうが。
ー コンギーコンコンコン、ギーコンギーコンコン、コンギーコンギーギー… ー
音が鳴った瞬間、ロッカーに手を掛けた。
ー バン!ー
「えっ…」
勢いよく開いた扉に先には、意外なものが置いてあった。
意外なものという言葉でわかる通り、人や生き物ではない。
そこにあったものは…
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
さぁ、寝ようか。
何ヶ月前、火星を通り過ぎる頃に
何故だかわからないのだが、ロッカーを開けた時に置いてあったもの。
それは、地球にいたころ使っていた枕が置いてあった。
ー コンギーコンコンコン、ギーコンギーコンコン、コンギーコンギーギー… ー
相変わらずたまに音は聞こえてくる。
火星から遠ざかるにつれて、頻度は少なくなってきているから、いつか消えてしまうのかもしれない。
音と枕。
その意味することはわからない。
しかし、その枕に頭を置くと、起きて起きて、と聴こえて来る、気がする。
そこにいるはずのない、娘や妻の声が。
会いたい。いつか、会える日がくるだろうか。
遠ざかり続けるこの宇宙船内で、それでも絶望しない私がいられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます