Chapter10:100日目 -another side-

長谷川樹

 あ、もう話していいんですか。


 スタートどうしようかな。思いつかねえ。参考にするんで、あいつはどうやって始めたか教えてくれません?


 ――謝罪?


 今まで騙してすいません、ねえ。じゃあ俺はあいつの後に謝る感じにします。グダったり、ヤバいこと言ったりしたら、上手く編集してください。


 んじゃ、改めて。


 どうも。長谷川樹です。えっと、先にあいつから聞いてると思いますが、俺ら本当は全然仲良くないのに、仲良いフリをしてドキュメンタリーの撮影を受けてました。騙す気は――あったな。とにかく、すいません。


 まあ、あいつがどう話したかは知らねえけど、ぶっちゃけ俺は乗り気じゃなかったんですよね。ドキュメンタリーの話もあいつが撮りたいって言うから受け入れた。つってもOK出したのは確かなんで、それを言い訳にするつもりはないです。


 ――どうして、と言われても。


 シンプルに、情が残ってたってことなんじゃないですかね。家から追い出されたらやべえっていうのはあったけど、俺の性格から考えて、無理ならホームレスまっしぐらでも出て行くんで。ドキュメンタリーぐらい付き合ってやってもいいぐらいには思ってたんですよ。その時は。まあ、その後わりとすぐ、ドキュメンタリー引き受けたのがっつり後悔するんだけど。


 ――ああ。それ、よく言われます。


 癖なんですよね。自分を客観視して、他人事みたいに自分を語るの。常に頭の後ろにカメラがあって、そこから世界を見てる感じなんですよ。そうやって自分を守ろうとしてるんだって言われたことあります。――いや、そんないいもんじゃないです。セフレのおっさん。親なんてもう十年近く話してないです。


 ――仲悪いっていうか、絡みたくないって感じですね。


 俺、物心ついた頃にはもう母子家庭だったんですけど、なんつうか、おふくろが子ども産んじゃダメなタイプの人間なんですよ。俺がまだ赤ん坊の頃に弟か妹が出来そうになって、その子が流産してそこから妊娠できなくなったらしいんですけど、もしずっと産めたらヤバいことになってたんじゃないかな。好き放題に男作って、好き放題に子ども作って、俺も、俺の後に生まれた子たちも、きっととんでもなく不幸になってました。


 ――育児放棄かな。ネグレクトってやつ。殴ったりとかは連れて来る男の役割だったんで。


 つっても俺が殴られてんの見てケラケラ笑ったりしてたんで、俺的には共犯みたいなもんですけどね。俺の前でも普通にセックスおっぱじめるし、その頃はそういうもんかって感じでしたけど、今はひどい環境だったと思います。俺が女はダメなの、もしかしたらそのせいなのかもしれません。


 ――鋭いですね。そうですよ。作ってくれないから自分で作ったのが、料理を始めたきっかけです。まあ好きじゃなきゃ作り続けませんし、性に合ってたのもあるんでしょうけど。


 ――それは、中学生ですね。


 女が苦手だなってのはずっと何となくありました。でも男がいけるって確信したのは中二です。好きなやつが出来たんですよね。クラスメイトになったブラジル人と日本人のハーフ。顔の掘りが深くて背の高い、いい男でした。


 そいつ、学校に友達ほとんどいなくて、でも俺とはすげえ仲良かったんですよ。そういう言い回しはあまり好きじゃないけど、マイノリティ同士の連帯ってやつですかね。まあ確かにハグレ者同士、ウマは合いました。


 そんで中二でそいつと出会って、好きになって、中三になってもずっと友達やってました。正直、悪いこともめちゃくちゃした。あいつも俺も周りの大人がロクでもなくて、常識がまるで無かったんです。それは今もないか。


 そうしたら、そいつが引っ越すことになったんですよ。タチの悪い借金取りから逃げるとかだったかな。いわゆる夜逃げですね。俺はそれを知って、そいつに自分の想いを伝えることにしました。最後にヤりたいとかじゃないんです。ただ俺がそう思っていたことを知って欲しい。そういう気持ちで告白しました。


 そん時のあいつの顔が、ほんとすごくて。


 目の前にゾンビとか妖怪とか飛び出して来たら、たぶんこういう顔するんだろうなって感じの顔でした。俺がゾンビや妖怪みたいに見えてるのがすぐに分かった。未だに人生であれ以上に強烈な顔には出会ってないです。今でも鮮明に覚えてますし、何なら、たまに夢に見ます。


 俺がオープンゲイになったの、そこからなんですよね。無理なら無理って最初から知っておきたかった。仲良くなって、かけがえのない存在になって、カミングアウトして全部ひっくり返るのはもうイヤだと思った。性的指向って見た目で分からないけど、それも良し悪しですよね。広い目で見たら、分からない方が絶対に幸せなんだろうなとは思いますけど。


 ――いや、アピールするわけじゃないです。女の話題になったら「興味ない」って言うみたいな。ちょうど中学卒業して働き始める頃だったんで、そこからそんな感じでオープンにしました。――あ、そうです。中卒。言ってませんでしたっけ。まあどうでもいいんで、気にしないでください。


 そんでオープンにすると何が起こるかって言うと、仲間が寄って来るんですよ。実は俺も、みたいな。俺が十代のガキだったってのもあるでしょうけどね。自分で言うのもアレですけど、かなりモテました。


 そっから、そっちの世界にずぶずぶハマってくんですけど、とにかく楽だったんですよね。相手探して、ヤって、付き合ってんだか付き合ってないんだか分かんない感じになって、そいつとどうなるわけでもなくまた相手探して、みたいな。刹那的って言うのかな。誰も細かいこと気にしないのが良かった。好き放題やってました。


 で、ずっとそんな生き方してたら、マッチングアプリにやたら真面目そうな男からお誘いが届くわけですよ。


 プロフ見た時点で「絶対合わない」って思いました。自己紹介がすげえ細かいんですよ。とりあえず返信したら世間話から好きな映画とか聞いてきて、もう、うわーって。いつもは「やりませんか」「いいですよ」みたいなのばっかだから、ギャップがすごかったんです。俺はそういうの来やすいプロフにしてるんで。


 まあでも、性格は合わなそうだけど見た目はタイプだったし、断る理由もねえなってことでアポ取りました。そんで会って、ラブホに行って、それから……なんて言えばいいのかな。そのままでいいか。


 どう呼びかえても放送コードに引っかかりそうなんで、逆にストレートに言いますけど、俺、ちんこの周りに根性焼きの跡があるんですよ。ガキの時におふくろの男にやられたやつ。それを見られたんですね。ヤれば見られることもあるんで、それはどうでもいいんですけど、俺がガキの頃の話をした時のあいつの反応はだいぶびっくりしました。


 泣いたんですよね、あいつ。


 俺がかわいそうで泣いたらしいんですけど、正直、なんだこいつって思いました。泣いてくれて嬉しいとか、同情されて腹立つとかじゃなくて、ひたすらビビった。俺にとっては本当に意味不明だったんです。大の男が他人のために泣く姿なんて、その日までテレビでしか見たことなかったから。


 それから別れて、いつもなら引きずることもなく次行くんですけど、なんか引っかかったんですよね。いや、普通に次には行ったんですけど、行ってる間もあいつの顔がちらつくっていうか。そのうちにあいつからまた連絡があって、やたら安心したのを覚えてます。嬉しいというよりホッとした。会っていいんだと思いました。


 そこから同居までは、そんなに時間かからなかったですね。同居するとお互いのイヤなところが見えるって言うけど、その頃にはもう俺もあいつがド真っ直ぐに生きてきたド真っ直ぐな人間だってのは理解してたんで、特にこれと言ったことはなかったです。ただ、あいつは俺の適当さを舐めてたみたいで、日に日に小言が増えていく雰囲気はありました。軽く流しましたけど。


 パートナーシップ制度の話を持ってきたのは、いつだったかな。


 第一印象は「めんどくさそう」でしたね。そんなもんあってもなくても何も変わらねえだろって思いました。でもあいつがやりたいって言うし、俺もやってもやらなくてもいいものはやってみるタイプなんで、引き受けちゃったんですよ。そんでパートナーシップ取って、インタビュー受けて、有名になって、俺の知らないやつが俺の知らないところで俺のことを話すようになって――すげえイライラしました。玩具にされてると思った。あのインタビューから俺らを応援してる人たちがいることも、そういう人たちがこのドキュメンタリーを観ているのも知ってますけど、すいません。ここ使いづらかったらカットして下さい。


 ただ、あいつは真逆だったんですよね。ファンアートって言うのかな。そういう絵を俺に見せて「期待に応えないとな」とか言ってきたりして、本当に合わないなと思うことが増えていきました。衝突も増えて、俺もあいつも折れない長引くタイプのぶつかり方をするようになって――まあ、このザマです。


 あいつはね、「普通」なんですよ。


 自分ではそう思ってない。ゲイとか、LGBTとか、マイノリティとか、そういう言葉で自分自身を定義して、とんでもない変わり者だと思ってる。でも、違う。普通なんです。結婚したいと思う。子どもが欲しいと思う。世間に認められて、祝福されて、日の当たる場所で生きたいと思う。そういう人間。


 俺は、違うんです。俺と俺の周辺が幸せならそれでいい。世間の認知も祝福も要らないし、むしろ邪魔ぐらいに思ってる。そんな二人は、どうしたって一緒にはなれませんよ。俺が投げ捨てたいものを、あいつは背負いたいんだから。


 一つ、もうこれは無理だなって思った出来事があるんです。


 このドキュメンタリーの顔合わせをした日だったかな。部屋に戻ったら、あいつの飼ってる熱帯魚が一匹死んでたんです。そんであいつがどうして死んだのか不思議がってたから、俺は「暑がりだったんじゃねえの」って言って、そうしたらめちゃくちゃ怒られました。そんなわけないだろ。ふざけるなって。


 確かに、俺の推測はハズレだと思いますよ。暑くて死ぬなら売った店で死んでるだろうし。でもあいつの言い方が、「暑がりな熱帯魚なんているわけないだろ」と言っているように聞こえて、俺はそれがどうしてもダメだったんです。


 だって、いるかもしれないじゃないですか。


 ゲイに色々なやつがいるように、熱帯魚にも色々なやつがいる。だったら暑がりな熱帯魚がいてもおかしくない。そいつは暑がりだから一早く死んで、腹を上にしてぷかっと浮かんで、なんで死んだのか誰にも理解されないまま、温かい水を入れた張本人に「かわいそうに」とか言われて埋葬される。そんなことが、あちこちで起きてる気がするんです。


 俺もたぶん、そうなるんだと思います。


 この先の時代を作っていくのは、どうしたって俺みたいなやつじゃない。世間に認められたくて、祝福されたくて、日の当たる場所で生きていきたいやつが世界を変えていく。そんで俺はそういう世界には馴染めないから、もし世界中がそうなったら腹を上にして死ぬしかない。


 その流れを止めるつもりはないです。ただできれば、俺みたいなやつがいることも忘れないでいて欲しい。なるべく長く、俺みたいなやつが生きられるところも残していて欲しい。それが俺からこのドキュメンタリーを観ている人に伝えたい、たった一つの頼み事ですね。


 あいつは逆のことを言ったんじゃないかな。世界を変えるためにみんなの力を貸してくれ、みたいな。あいつも俺も頑固で、自分の考えを変えないところは一緒ですから。考え方は全く違うのにそこだけは一緒だから、こういう結果になるんでしょうけど。


 ――さあ。


 本当に考えてないです。とりあえず同居は解消するけど、その後はさっぱり。とりあえず俺から連絡することはもうないかな。あいつもたぶん、やらないと思います。


 ――そんなの、決まってるじゃないですか。


 寂しいですよ。


 どうしようもなく合わなかっただけで、嫌いになったわけじゃないですから。


 本当に、寂しいです。

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