春日佑馬

 交際関係というのを、どう捉えるかという話ではありますけどね。同居はしていたので。ただ、心は通じ合っていなかった。それは間違いありません。


 まずは、そういう状態になった経緯から話しましょうか。


 以前のインタビューでも語りましたが、僕たちは、家賃を払えずアパートを追い出されそうになった樹を僕が自宅に招く形で同居を始めました。それでまあ、そんなことになるやつなんで、ちゃらんぽらんなんですよ。あの時はオープンゲイだから職場でも色々あるみたいな言い方をして、それも嘘というわけではないんですけど、それとは別にその日暮らしの適当な生き方をしていたという問題もありました。あ、ここ言い過ぎならカットして下さい。


 ――難しい質問ですね。


 とりあえず同居したての頃は、それも愛嬌ぐらいに感じていたはずです。そうでなければ同居しませんから。ただ、そういう風に感じていた自分をあまり思い出せないんですよね。時間が経つにつれて、樹のそういう面をはっきりマイナスとして捉えるようになり、まるで最初から苦手だったかのように思いこんでしまっている。そんな節があります。


 ――いえ、迷惑だったとか、そういうことではないんです。仕事が長続きしないだけで、日雇い含めて趣味に使う分ぐらいは稼いでいたし、家事は全部任せていたから僕はむしろ楽でした。樹が働いている間は家事が分担になるから、面倒に思っていたぐらいです。なのに受け入れられなくなった理由は……嫉妬だと思います。


 自由に生きる樹に嫉妬していた。やりたいことだけをやっているように見えて、お前も少しは苦労しろよと思ってしまった。勝手な話ですよね。他人の苦労なんて分からない。それに樹が羨ましいなら、僕もそうすればいいだけなのに。


 とにかく、そうやって、僕は樹を認められなくなっていきました。そして樹の生き方を変えたいと願うようにもなりました。そんな折、僕たちの住んでいる自治体にパートナーシップ制度が導入されることになって、チャンスだと思ったんです。パートナーシップの宣誓をすれば、公に認められる関係になれば、それに相応しい人間になろうと樹が思ってくれる。そんなことを考えていました。


 そしてパートナーシップの宣誓をしに行ったら、役所にローカルテレビの取材が入っていて、インタビューの許可を求められました。樹に外圧を与えるためには都合のいい提案だったので、僕はその話を受けました。そしてテレビに流れたインタビューが切り取られて、SNSで火がついて、僕たちはちょっとした有名人になりました。僕の狙い通り……いや、狙いを遥かに超えた外圧が発生したんです。


 でも、よく考えたら当たり前なんですけど、外圧の影響を真っ先に受けるのは僕なんですよね。僕は外圧によって人が変わることを望んでいた。それはつまり、そういうことが起こり得ると思っていたということなんだから。


 インタビュー動画を知った友人や会社の人から声をかけられ、そのうち外出時に知らない人にも呼び止められるようになり、僕はより「しっかりしなくては」と思うようになりました。世間に認められ、祝福されるのに相応しい恋人にならなくてはいけない。そういう考えが、日に日に強くなっていきました。


 樹も同じように影響を受けてくれれば良かったんですけど、そんなことはなく、ちゃらんぽらんなままでした。そのうちまた仕事を辞めて、僕は最後通告を突きつけたんです。次の仕事を探せ。そして半年続けろ。それができなかったら出て行って貰うと。通告を受けた樹は仕事を見つけ、そして……二か月で辞めました。


 辞めた理由は、情状酌量の余地があるものでした。だけど樹はその時それを僕に話しませんでした。約束を守れなかったのは確かだから、固執するような関係でもないと思われたのでしょう。僕はそんな樹を頭ごなしに怒鳴り、いよいよ別れは免れないぐらい仲が険悪になって、このドキュメンタリーの話が浮上しました。


 僕がその話を受けた理由は、ここまで聞けば何となく分かりますよね。


 ――そうです。パートナーシップ宣誓を行ったり、インタビューを受けたりしたのと同じように、からです。それが幻想であることは、僕たちが破綻しているという現実が証明しているのに、また同じ方法に手を伸ばしてしまいました。


 セクシャル・マイノリティの理解を向上させたかった。応援してくれている人に応えたかった。そういう想いがまるでなかったわけではありません。だけどそれよりもずっと大きな想いがあった。僕はただ、樹と別れたくなかっただけなんです。


 ――分かりません。


 分かりませんよ。人を好きになるって、そういうものじゃないですか。どこが好きとか、そんな簡単に説明できるものじゃない。何度もぶつかって、どうしようもないやつだと思って、それでも一緒にいたかったんです。あと少しで読み終わる本のエンドマークを恐れるように、浸っている世界が終わってしまうことを恐れた。だからドキュメンタリーの撮影で物語を強引に継ぎ足した。そんな感覚です。


 だけど継ぎ足した物語は、僕の望むようには進みませんでした。もうエンドマークは避けられない。その現実を受け入れた時、僕はせめて自分の手でそのマークを記したいと思いました。それが、このインタビューです。


 僕たちは今日、終わります。


 既に樹は、新居に自分の荷物を移し終わっています。あとは身体が動くだけ。どう転んでも今日が最終日。その覚悟で、僕も樹も撮影に臨んでいます。


 僕が無駄に足掻いたせいで、周りを散々引っかき回してしまいました。今はまだ撮影中だから、このインタビューに辿り着くまでにどういう映像が流れているかは分かりません。もしかしたら、ここまでドキュメンタリーを観た方たちは、裏切られたと怒っているかもしれません。だから最初に謝罪から入らせて頂きました。でも一つだけ、分かって下さい。


 僕のような人間は、どこにでもいます。


 セクシャル・マイノリティがどこにでもいるという意味ではありません。結婚したら上手くいくかもしれない。子どもが生まれたら上手くいくかもしれない。そんな浅はかな考えで動いて、失敗したり成功したりする。そういう人たちが世の中には数えきれないほどいて、僕もその一人に過ぎないということです。


 だから、僕たちが上手くいかなかったからと言って、僕たちのような人間のための制度が必要ないというのは違います。


 特別だから守らなきゃいけないわけじゃない。特別じゃないから、当たり前のことをやらせて欲しい。パートナーシップや同性婚ってそういう話なんです。同性愛なんて綺麗でも何でもないんですよ。人を愛することが綺麗なわけないじゃないですか。どろどろしています。異性愛と同じように。


 こういう話をこの場ですることについて、僕は直前まで悩んでいました。これは春日佑馬という人間を分かってもらうためのインタビューだから、社会的な話より個人的な話にフォーカスした方がいいんじゃないかと。だけどやっぱり、言うことにしました。それは言わなきゃいけないと思ったからではありません。言いたいと思ったからです。


 別れ話をした時、樹は「お前のためなら無理できた」と言ってくれました。だからパートナーシップの宣誓をしたり、ドキュメンタリーの話を受けたりした。でもドキュメンタリーは僕個人のためのものじゃなくて、僕たちのような人間のためのものだから、無理できなかったそうです。


 でも僕はどうも、その他人のための無理が好きみたいなんですね。


 大学生の時にLGBTサークルに入っていたからなのか、単に生まれ持った性格なのかは分かりません。ただ「仲間」のために動くのが好きなのは間違いない。だからこのインタビューでも社会的な話題を外さずに語らせて頂きました。僕個人の幸福についてはどうでもいいですが、僕たちのような人間が生きやすい社会については、これを観ている皆様にも考えて頂けると嬉しいです。


 ――優しいわけじゃありませんよ。弱いんです。


 お前は誰かの役に立っている。だから生きていてもいい。そう言ってくれるものがないと、まともに歩くことができない。樹は強いからそれがなくても大丈夫なのでしょう。自分の背骨を頼りにして、自分の足で立つことができる。


 顔も知らない誰かのための無理をしたい僕と、目の前の人間のためにしか無理をしたくない樹。そんな二人が上手くいくはずはありません。やっていくためにはどちらかが自分を曲げないといけない。でも樹が曲げるわけないし、残念ながら、僕も曲げたくないんですよね。弱いくせに頑固なんですよ、僕。


 だからこの結末にも、今は納得しています。パートナーシップの宣誓をしなければ良かった。役所でインタビューを受けなければ良かった。仕事を辞めた樹を怒らなければ良かった。ドキュメンタリーの企画を断れば良かった。そんなことを考えた時もありました。でも今は違う。根幹が噛み合ってないんだから、どの道を辿ってもいずれはこうなった。そう思えています。


 ――それは、考えたことなかったですね。


 でも、言われてみれば確かにそうですね。そもそも付き合わなければ良かったというのは否定できません。どこかに後悔するポイントがあるとしたら、そこなのかもしれない。


 ただ――


 もし、僕が今の記憶を持ったまま樹と出会う前にタイムスリップしたとして、やっぱり僕は、樹と付き合ってしまうと思います。


 それで、今度はどうにかならないかと四苦八苦しながら、そのうちどうしようもなく噛み合っていないことを改めて悟って、今みたいに別れると思います。


 何度やり直しても、僕が僕である限り、きっと同じようになります。


 馬鹿みたいですけど。

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