初対面
志穂と山田が春日たちのマンションに着き、共用玄関のインターホンで部屋にコールをかけると、春日ではなく長谷川の方が応対して来た。
いつもは春日なので戸惑いつつ、共用玄関のドアを開けてもらう。そのまま部屋に向かい、中に入っても、リビングに春日の姿はなく長谷川がソファに座っているだけだった。今日は日曜日だから、仕事ではないはずだ。スマートフォンを弄っている長谷川に近寄り、おそるおそる声をかける。
「あの、春日さんはどちらに?」
「あの人に会いに行ってますよ。なんだっけ……講演聞きに行った……」
「片桐さんですか?」
「それ。そんでさっき連絡したんですけど、すぐそこまで来てるんで少し待ってくれだそうです」
スマートフォンから目を逸らさず、素っ気なく答えられる。初めて会った時から全く変わっていない態度に、志穂は軽い落胆を覚えた。これで今日の撮影を満足に終えることが出来るのだろうかと、密かに不安になる。
「あの」長谷川がスマートフォンをソファに置き、志穂の方を向いた。「聞きたいことがあるんですけど」
珍しい、長谷川からのアプローチに、志穂の反応がほんのわずかに遅れた。その遅れを取り戻そうとして、声が少し不自然に上がってしまう。
「なんでしょう」
「今日は、俺と佑馬でそれぞれインタビューを撮るんですよね」
「はい」
「どこで、どうやって撮るつもりですか?」
「以前インタビューしたように、そのソファに座って頂き、一人ずつお話を聞かせて貰えればと思っています」
「俺のインタビューの間、佑馬を遠ざけてもらうことって出来ます?」
志穂の返事が止まった。理解されていないことを理解した長谷川が、改めて詳しい説明を始める。
「あいつにインタビューを聞かれたくないんですよ。だから聞こえないところにいてもらいたいなと。寝室とか廊下ぐらいじゃ聞こえると思うんで、外に出といてもらうぐらいのイメージで。いいですか?」
「……春日さんが同意してくれれば、私としては問題ありませんが」
なぜですか?
そこまでは口にせず、長谷川を訝しげに見つめる。長谷川が志穂から目線を外し、バツが悪そうに首の後ろを掻いた。
「聞かれてたら、喋れない気がして」
不器用で真摯な語りが、リビングにじわりと広がる。
「あいつがどこかで聞いてるかもしれない。そう感じたら俺は、本音を隠すと思うんです。そういう人間なんで。でも今日は、それじゃダメじゃないですか。だから――お願いします」
長谷川が頭を下げた。そして上目づかいに志穂を伺う。いつもの捉えどころのない態度からは想像しにくい、頼りなく揺れる瞳が、長谷川の心情を志穂に伝える。
――不安なのだ。
自分が長谷川から話を聞くことができるか不安になっていたように、長谷川も話をできるか不安になっていた。素っ気ない態度は緊張の現れ。初めて会った時のそれとは、意味が違う。
「……私も、頼んでいいでしょうか」
まだお互いに不安を抱いている。ようやく向き合えただけで、心を通わせることに成功したわけではない。それは――これからだ。
「今日の撮影、一人でやらせて下さい。カメラマンも私がやります」
背後で山田が「え」と声を上げた。ごめん。志穂は心の中で謝り、長谷川に向かって話し続ける。
「私は、撮影のために春日さんや長谷川さんに語ってもらうのではなく、春日さんや長谷川さんが語っているところを撮影したいんです。そのためには一対一で話した方がいいと私は思います。いかがでしょう」
本気が伝わるよう、腹に力を入れて声を放つ。長谷川が首を伸ばして志穂の後ろを見やった。そして立って話を聞いている山田に向かって尋ねる。
「山ちゃんはいいの?」
志穂も振り向き、山田を見やった。山田はへらへら笑って肩をすくめる。
「いいっすよ。ただ、撮った後は手伝わせてもらいますからね」
「分かってる。また何徹かさせるかもしれないけど、覚悟しといて」
「……いや、そこまでは要らないっすけど」
山田が小さな声でぼやいた。志穂はぼやきを無視して長谷川の方に向き直る。長谷川が右手で口元を隠し、声を立てずに笑った。
「いいペアですね」
「どういたしまして」
「分かりました。俺は一対一でオッケー。あいつもたぶん――」
リビングのドアの向こうから、玄関の開く音が聞こえた。音に反応して全員がドアの方を向く。山田が鼻から息を吐き、気取ったように呟いた。
「噂をすれば、っすね」
リビングのドアが開く。志穂は自分を奮い立たせるように両手を握りしめる。百日目。どうすればいいかは分からない。だけど、どうしたいかは、一片の迷いもなく決まっていた。
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