Chapter6:63日目
取材映像⑥
「一目見て、他のデザインと違うと思いました」
椅子に座っているスーツ姿の中年女性が、右手を腿から離して目の前の机に置いた。机には、イエローリップを塗った女性モデルが、自分を抱くように右手と左手を胸の前で交差させ、カラフルなマニュキュアで仕立てた指を見せつけるポスターが置かれている。女性がひとさし指を伸ばし、ポスター中央の「今日は、どのわたしで行こう」というキャッチコピーを示した。
「まず、このキャッチコピーに惹かれました。他のデザインは『もっと美しく』『もっと綺麗に』と言ったように、美を追求するキャッチコピーが多かった。それも悪くはないのですが、ありきたりというか、旧態依然としていて我々の目指すものとは違うんです。我々はメイクを『他人への印象を良くするもの』ではなく『自分の気分を高揚させるもの』と捉えています。その方針に、このキャッチコピーがぴったりとはまりました」
女性のひとさし指がすっと動いた。指先がキャッチコピーを離れ、ライトグリーンのマニュキュアが塗られているモデルの右の中指に移る。
「次に、このカラフルなネイルです。このような派手な色のネイル、普段の生活でなかなか見られるものではないですよね。だから本来は広告にも使いにくいですし、実際、他のデザインはこのような奇抜なカラーは控えめでした。より美しくなろうという価値観においては不自然ですから。ですが――」
指先が再び、キャッチコピーの上に戻った。
「ここで、このキャッチコピーが生きてきます。他人のためのメイクではなく自分のためのメイクならば、世間の価値観に従う必要はありません。だからどんなカラーでも違和感なく使えるんです。結果、シンプルに目を引く色を選びつつ、広告としてのまとまりも取れている良質なデザインに仕上がっています」
女性の指がポスターから離れた。そのまま右手を腿の上に戻す彼女に、女性インタビュアーが話しかける。
――デザイナーがゲイの方であると聞いた時は、どう思いましたか?
「納得しました。ああ、そういうことかと」
返事と共に、女性が深く頷いた。
「男性であることは名前から分かっていました。だからこのデザインを見た時、驚いたんです。女性のメイクを観察する側である男性が、どうしてこのような主体的かつ魅力的な女性を描けるのかと。でもそれは、彼のセクシャル・マイノリティとしての感性だった。答え合わせが行われた気分です」
――異性愛者の男性にこのデザインは創れませんか?
「まず無理ですね」
ついさっき縦に振られた女性の頭が、今度は横に大きく振られた。ボリューム感のあるミディアムヘアーがふわりと揺れる。
「きっと、大変な人生を歩んできたんだと思います。ですがセクシャル・マイノリティであることは、必ずしも不利なことばかりではない。人とは違う視点を持って生きることで、人とは違う感性を手に入れ、それが有利に働くこともある」
女性が小首を傾げ、カメラに向かって上品に微笑んだ。
「このデザインを採用することで、そのような前向きなメッセージを発し、セクシャル・マイノリティの皆さんが生きやすい社会に貢献できるならば、弊社としても嬉しく思います」
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