告白
迎え火の様子を撮り、里帰りの撮影は終了した。
茅野たちが帰った後は、母除く男三人で酒を飲み交わした。去年と同じように、樹がキャベツのごま醤油和えや大根と厚揚げの炊いたんなどのつまみを作り、父は美味い美味いと言ってそれを食べていた。飲み会は父が母から「お医者さんの言葉を忘れたの?」と勧告を受けるまで続き、終わる頃には深夜になっていた。
風呂に入り、スウェットに着替え、寝る準備を整えて自分の部屋に向かう。部屋に入ると、同じく一足先に寝る準備を整えた樹が、床に敷いた布団に寝転がって漫画本を読んでいた。佑馬が高校生の頃に読んでいた少年漫画。
「そろそろ寝るぞ」
ベッドの縁に腰かけ、樹の後頭部に声をかける。樹は佑馬の方を向かずに「これ終わるまで待って」と答えた。佑馬はその提案を受け入れ、意味なく部屋を見渡したりしながら過ぎるのを待つ。
本棚に並ぶ漫画本に、学習机の机上ラックに収まっている参考書。佑馬が大学生になって一人暮らしを始めてから、この部屋は時間が凍っている。この先、解凍されることはあるのか。あるとして、その時はどのような状況に置かれ、どのような理由で家に戻って来ることになるのか。考え始めるとなぜか空恐ろしくなってくる。
樹が漫画本を閉じ、本棚に戻した。そのまま布団に潜り込んだので、佑馬も電気を消してベッドの上で布団をかぶる。まぶたを閉じて闇を作り、ゆっくりと意識を溶かそうと試みる。
「なあ」
樹に呼びかけられ、溶けかけていた意識が再び固まった。佑馬は仰向けに寝そべったまま目を開き、天井に向かって声を出す。
「なに」
「お前の親って、いい人だよな」
「ああ」
「俺をもう一人の息子だと思ってるとか、死んだじいちゃんばあちゃんに俺を見せたかったとか、あの年でああいうことが言えるのはすごいよ。カメラ入ってるからサービスしてるとこもあるとは思うけど、無理してる感じは全くないもんな。世の中を見渡しても、なかなかいない人たちだと思う」
――何が言いたいのだろう。佑馬は身体を起こして床の上の樹を見やった。樹は佑馬に背を向けており、その表情は見えない。
「だから」少しの間。「あまり、騙したくないよな」
暗がりの中で、樹の背中がもぞもぞと動いた。振り向くのだろうか。佑馬はそう思って待つが、続く言葉も背中から放たれる。
「お前さ、こんなの、いつまで続けるつもりなんだ?」
こんなの。曖昧な表現から「分かるだろ」と諭す意思が伝わる。その通りだ。分かっている。
「ドキュメンタリーの撮影が終わるまでか? それとも放送されるまでか? 放送された後はどうする? こんな素敵なゲイカップルがいますみたいなドキュメンタリーを観たお前の知り合いや親に、実はもう別れたとか言えんのか?」
分かっている。分かっているから、黙ってくれ。
「別れなきゃいいだろ」
声が上滑りした。残響の空しさを整えるように、言葉を足す。
「別れなきゃ、何の問題もない」
佑馬は唇を引き絞り、樹の背中を見つめた。顔が見たい。だけど、見たくない。相反する欲望が身体の内側で争い合い、熱となって皮膚から発散される。
「俺は」
芯の通った明瞭な声で、樹が返事を寄こした。
「死人は、生き返らないと思う」
死人。強い単語が耳から身体に入って熱を奪う。佑馬は何も答えず、布団にもぐり直して目をつむり、樹の寝息が聞こえてくるのを待ってから眠りについた。
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