Chapter5:47日目

取材映像⑤

「驚かなかったと言ったら、嘘になりますね」


 豊かな白髪を携えた老年の男性が、背の低い漆塗りテーブルの上で手を組み、カメラを見つめて口を開いた。男性の隣では同年代の女性が、手を腿に乗せて綺麗な正座を見せる。女性は男性と違って白髪染めをしているのか、肩まで伸びた髪の色は艶やかな黒だ。


「好きな女の子のタイプを聞いたこともありますし、想像もしていませんでした。だから二十歳の誕生日に、告白したいことがあると言われた時は困惑しましたね。女性関係で何かやらかしたのかと思いました。実際はカミングアウトだったので安心しましたが」


 男性が気恥ずかしそうに笑った。年かさの男性らしくない人懐っこい笑顔に、女性インタビュアーが穏やかな声をかぶせる。


 ――安心しましたか。

「そうですね。人様の娘さんを妊娠させてしまいましたという話だったら、謝っても謝りきれないですから」

 ――抵抗のようなものは、全くなかったのですか?

「はい」


 男性が間髪入れず肯定を返した。インタビュアーの問いが隣の女性に向かう。


 ――お母さんも同じですか?

「もちろん。ただ私は夫と違って、あの子が何を言おうとしているのか勘づいていましたけれど」


 返答を聞き、男性が驚きに目を見開いた。


「そうだったのか?」

「薄々そうじゃないかとは思っていたの。違和感はあったから」

「すごいな。俺はぜんぜん気付かなかったぞ」

「そりゃあ、私は小さい頃から、お父さんの十倍はあの子と接してるもの」


 育児への参加頻度を責められる形になり、男性が肩をすくめて小さくなった。インタビュアーから長めの言葉が女性に投げかけられる。


 ――佑馬さんから、カミングアウトの時のお母さんの言葉が嬉しかったと聞いています。「嘘をついてごめんなさい」という謝罪に、「嘘をつかせてごめんなさい」と謝り返してくれたと。

「それは、あの子にカミングアウトされたら言おうと思っていた言葉なんです。あなたがそうであることも、そうであると言わなかったことも、何一つとしてあなたの問題ではない。それだけはどうしても伝えたくて」


 女性が微笑んだ。カメラから目をそらさない凛とした姿から、その気高さと芯の強さが伝わる。少し間を置いて、インタビュアーが話題を変えた。


 ――長谷川さんを家に連れて来た時は、率直にどう思いましたか?

「そうですねえ……意外、というのが一番でしょうか」

 ――意外?

「もっと大人しい子が好みだと思っていたので。お父さんはどうでした?」


 いきなり話を振られ、男性が「俺か?」と間の抜けた反応を返した。それから腕を組み、薄く目をつむって記憶のサルベージを試みる。


「まあ確かに、茶髪は意外だったなあ」

「お友達にもそういう子はいなかったものね」

「そうなのか?」

「そうなの」


 またしても、女性が親として向き合った時間の差を男性に見せつける。男性はバツが悪そうに目を泳がせつつ、話を元の流れに戻した。


「ただ話してみたら、意外なぐらい、普通の子なんだよな」

「そうね。お料理も上手だし、そういう見た目と中身が違うところを好きになって、パートナーシップの宣誓までいったのかも」

「余り物で酒のつまみをさっと作ってくれたからなあ。あれは美味かった。酒飲みのツボを抑えた、いい味つけだった」


 男性がしみじみと呟く横で、女性が手で口元を隠しながら笑った。男性が女性の様子に気づき、不思議そうに尋ねる。


「どうした?」

「息子の嫁の料理を品評する舅みたいだと思ったら、おかしくなっちゃって」

「みたいも何も、そのものだろう。いや、嫁じゃなくて旦那か?」

「どうでしょうね。もしかしたら、そういう呼び方に拘ること自体が、あの子たちにとっては無意味なのかも」


 仲睦まじげに言葉を交わす。やがて撮影中なのを思い出したのか、二人が話を止めてカメラの方を向いた。インタビュアーの質問が飛ぶ。


 ――お二人とも、長谷川さんを自然に受け入れていらっしゃるんですね。


 対象を指定しない質問を聞き、女性が男性に湿っぽい視線を送った。あなたが答えなさい。無言の指令を受け、男性が動き出す。


「そうですね。私たちとしても考えることはありますし、自然にできているかは分かりませんが――」


 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、男性が続く言葉をはっきりと言い切った。


「私たち夫婦は義理の両親として、息子の恋人である長谷川くんのことを、もう一人の息子として受け入れたいと思っています」

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