Chapter4:30日目

取材映像④

 生まれたての赤ん坊が、ベビーベッドで眠っている。


 まだ見た目からでは男の子か女の子かも分からない、純粋無垢な命の塊。その開かれた手に、無骨な大人のひとさし指が乗った。赤ん坊が指を掴むとカメラが動き、指を乗せた黒髪の男性の横顔が映る。


「かわいいですね」


 頬を弛ませ、男性が呟く。インタビュアーの女性が呼応した。


 ――そうですね。

「なんというか、無条件ですよね。理屈抜きで守りたくなる。まあ、そうじゃない人もいるとは思いますけど」


 黒髪の男性が首を動かし、隣で同じように赤ん坊を見下ろす茶髪の男性の方を向いた。茶髪の男性はむすっと唇を尖らせ、その視線に言葉で答える。


「俺だって、かわいいとは思うよ。怖いとも思うけど」

「こんな赤ちゃんが怖い?」

「ちょっと力入れたら、壊しちまいそうだから」


 物騒な台詞を耳にして、黒髪の男性が赤ん坊の手から指を引き抜いた。いきなり無くなった指を追いかけて、赤ん坊の手が小さく動いて空を切る。


「怖いこと言うなよ」

「つっても、俺らは無責任にかわいいとか言ってりゃいいけど、こんだけ弱い生き物を壊さないように育てなきゃならない親は大変だろ」

「……まあ、それはそうかもな。どこまでいっても他人事だから、何も考えずにかわいいとか羨ましいとか思えるのかも」


 どこまでいっても他人事。羨ましい。意味深な言葉の裏を、インタビュアーが拾った。


 ――春日さんは将来、子どもが欲しいと思っていらっしゃるんですか?


 黒髪の男性が、眼球だけでじろりとカメラを見やった。心の深いところに触れた反応。そして数秒後、視線を赤ん坊に戻し、言葉を選びながら語り出す。


「欲しいか欲しくないかで言ったら、欲しいですね。でも僕たちのような人間にとってそれは難しいので」

 ――海外には、子どもを育てているゲイの方も大勢いらっしゃいますが。

「ここは日本ですから。事情が違いますよ」


 突き放すような口調。インタビュアーがしばらく沈黙した。そして今度は聞く相手を変えて、同じ質問を投げかける。


 ――長谷川さんは、どうですか?


 黒髪の男性と違い、茶髪の男性は質問に何の反応も見せなかった。目線を赤ん坊から動かさずに口を開く。


「俺は――」


 ほんの僅かな時間だけ、台詞に不自然な空白が挟まれた。


「考えたことないです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る