Chapter1:1日目

取材映像①

 ブラウンのソファに、二人の若い男が座っている。


 黒髪の男は真っ直ぐに正面のカメラを見据え、茶髪の男は居心地悪そうに少し視線を逸らしている。二人とも私服だが、黒髪の男が着ているネイビーブルーのシャツはアイロンがパリッと効いていて、部屋着にするには形式ばっていた。だがそれが、毅然とした態度によく似合っている。


 画面外から女性の声が投げかけられた。答えるのは、黒髪の男。


 ――付き合い始めてから、どれぐらいになりますか?

「だいたい一年半ですね。去年の冬からなので」

 ――同棲を始めてからは?

「ほとんど同じです」

 ――同棲のきっかけは?

「樹がアパートを追い出されそうになっていたので、僕が誘ったんです。一人で住むには少し広かったから、ちょうどいいと思って」

 ――追い出されそうになっていた、とは。

「仕事が無くなって、家賃が払えなくなっていたんです。ゲイであることをオープンにしていると、職場でも色々あるので」


 黒髪の男がちらりと隣を見やった。茶髪の男は動かない。


 ――長谷川さんは、今も求職中なんですよね?


 質問が茶髪の男に向かった。男はどこかぼんやりとした様子で答える。


「そうですね。その時からずっとってわけじゃないですけど」

 ――同棲を始めてからも、仕事を失ったことがある?

「失ったっていうか、まあ、辞めた感じです」

 ――やはり理解のある職場を見つけるのは難しいですか?

「うん、まあ、普通の人はびっくりしますよね。そりゃ」


 歯切れの悪い返事が続く。少し間が空き、質問先が黒髪の男に戻った。


 ――春日さんは長谷川さんを家に呼んで、同棲にはすぐに慣れましたか?

「生活が大きく変わったわけでもないですし、特に問題なく適応できました。良い意味で戸惑うことはありましたけどね。帰ったら食事が用意されている生活なんて、高校生の頃以来なので」

 ――料理は長谷川さんが担当されているんですか?

「はい。本当に美味しいんですよ。初めて食べた時は感動して、同棲して良かったなーと思いました」

 ――胃袋を掴まれたわけですね。

「そうですね。それはもう、がっちりと」


 黒髪の男がはにかんだ。柔らかい、幸せそうな笑顔。


 ――それで、楽しく同棲生活を送ることが出来たと。

「はい」

 ――パートナーシップ制度を利用することにしたのはなぜですか?

「二つ、理由があります。一つは感情の話。これからもずっと一緒にいたいと思ったので、関係を証明する確かなものが欲しかった。だからペアの指輪を買って、パートナーシップの宣誓書を提出しに行きました。指輪はこれです」


 カメラに向かって、黒髪の男が左手を掲げた。シルバーのリングをしばらく見せつけた後、手を腿の上に戻して話を続ける。


「そしてもう一つは、権利の話。僕らのような同性カップルは、男女のカップルと比べてとても不安定なんです。例えば、僕らのどちらかが急な体調不良で倒れ、救急車で病院に運ばれたとします。そうなった時、病状説明を受けたり、面会をしたり、緊急手術の同意書にサインできなかったりします。長く同棲していて、男女ならば内縁の関係にあると認められるようなケースだとしても、同じように扱ってくれないことがあるんです」


 語りが進むにつれて、声が大きくなっていく。真面目な話をしている。だから聞いて欲しい。そういう想いが、カメラ越しに伝わる。


「そしてそういう不平等は、パートナーシップだけでは解決しません。あの制度は自治体の仕組みだから、法的な効力はない。男女が結婚した時と同じように、遺産の相続権を得たり、所得税の控除を受けたりすることはできないんです。そういう権利が欲しいならば、やはり同性婚を行う必要があります。そして同性婚を実現するためには、同性カップルの存在を世間に知らしめる必要がある」


 力強く言い切る。そして一拍置き、声のトーンを下げる。


「制度の利用には、その意味もありました。あればちゃんと使う人がいるんだと示したかった。そうしたらインタビューを受けて、それがインターネットに広がって、こうやってドキュメンタリーを撮って頂けることになった。僕らの日常を通じ、僕らのような存在が当たり前のようにこの国にいることを、皆さんに理解して頂ければ嬉しいです」


 黒髪の男がにこりと笑った。動から静。緩急のついた語り口が余韻を生む。和紙に水滴がしみ込むように、心に言葉をしみ込ませる。


 茶髪の男が、口を開いた。


「あの」

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