無性と酒。
なぜあなたはそんなに世界を憂うのだろう。私があなたに対して抱いた最初の感情だった。私の知っている世界は、もっと華やかで、煌びやかで、たまに欲に塗れていて。それでも正が負よりも優っている印象だった。でも、あなたは、いつも話をすると、世界を憂いていた。
まだあなたとそれほど仲が良くなかった頃。仲が良くなかったというのは、仲が悪いという意味ではなく、感情すらそこに抱いていなかったという意味の過去なんだけれど、初めてお酒を一緒に飲みに行って、繁華街から少し外れた、ゴキブリの出てくるような汚い居酒屋が初めての場所だった。
そこであなたは、たくさんのことを話してくれた。会社に対しての憂い、これまでの人生に対しての憂い、今の社会に対しての憂い、そして、身の回りの友達への憂い。アルコールがあなたの体を支配すればするほど、その口から現れる現世への憂いは度を超えていき、いつしか目の前にいる私に対しての憂いにまで発展していった。
普通の人からすれば、自分に対しての憂いなんて聞かされたら、とても良い気はしないんだろうし、あなたとこうして話すまでは私も良い気はしない側の人間だったんだろうけど、その時は少し違った。あなたに投げかけられる憂いは、少し私の心を軽くしていった。同時に、重くもなったんだけど。
どうしてそんなに人を平坦に見ることができるんだろう。私はずっと疑問だった。どうしてこの人は、私と初めてと言っていいほど話したこともないのに、私の過去がこんなにもわかるんだろう。それもずっと疑問だった。
今、あなたが無性愛者だとわかった今なら、その理由がわかるかもしれない。
あなたはずっと怖かったんだろう。社会が、世の中が、対峙する人々が、当たり前に異性をスキになり、当たり前にダイガクへ行き、当たり前にシューカツをし、当たり前にケッコンをしていることが。
だからこうして、あなたは当たり前になろうとして、人を細かく観察して、当たり前に近づこうとしていて、だから私みたいな”普通”の人間の気持ちを汲み取ることができる。
そして、世の中の当たり前をたくさん知るほど、世の中に絶望し、知るほど当たり前になりたくない想いも生まれて、そこに葛藤し、社会に絶望し、それでも諦めきれなくて、憂いてしまう。
私はそんなあなたを包み込んであげたい。当たり前にはしてあげられないかもしれないけど、少しでもこんな社会からあなたを守れるように、私が一緒にお酒を飲んであげる。
無性愛者の君と。 Toy @16toy0k69
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