無性愛者の君と。

Toy

無性と鐘。

「男とか、女とか、そういう尺度でヒトを好きになれない。」


4日前に、私は嗅覚を失った。


「SEXをしたいと思ったことがない。」


目の前の、青白く、細く、少し骨張ったタンパク質の塊が、私に質量の無い波をぶつける。


「それでも、いいの?」


西洋医学の魔術によって意識を保てている私のシナプスの集合体が、機能不全を起こしながらも、音の整合性を取ろうとする。


「君がどこか遠いところに行ったとしても、僕はずっと君を思い続けてしまう。」


目の前のタンパク質から放たれた空虚に塗れた音が、私を揺らし続ける。


「だから僕は、人と関わることを避けてきた。」


私にできたのは、ただその肉塊を抱擁することだけだった。


「後悔しないでね。」


禅寺の僧侶が座禅を組むというから、そこに同席させてもらったことがある。


「始めるよ。」


部屋の中に無情な少し乾いた音がし、その音がまた訪れるのを、私はただ待つだけだった。

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