第54話 第6幕第1場 My fool usurps my body. 2

 タナトスの錆びた鉄でできた翼が、久礼をさらうようにかすめた。

 軽くぐように振るわれたその一撃。かすめただけのその一振りに久礼は背後に弾き飛ばされそうになった。

 両手で柄を持った刀で久礼は羽の攻撃を受け止めたが、体ごと浮き上がりそうになりながらそれを耐え切った。


「……」


 そんな久礼の背中でサーヤが無言でうつむいていた。


「久礼!? 大丈夫!?」

「くっ……久礼くん! 僕の話を!」


 小太刀が木刀をやみくもふってタナトスをけん制し、その隣では庵がスカートをひるがえしてタナトスに斬りつけていた。


「すぐに次が来るぞ! 気をつけろ!」


 久礼が一度は離れていったオオワシを見る。

 オオワシのタナトスは上空を滑空すると、久礼に向かってその向きを変えていた。


「そうね……」


 久礼の言葉にサーヤがその右手を背中に添えた。

 いや力なく掴んだ。


「おっ? 追加の魔力を……サーヤ?」

「ヒサノリ……」

「お前、魔力どころか、震えて……」


 久礼が背中のサーヤに首だけ振り返る。

 サーヤの震えは結局止まっていなかった。

 今や寒さに震えるように全身を揺らしてる。


「私……自分の使命――ううん……私の願いを果たす時がきたみたい……」

「お、おう……だからあのタナトスを……」


 久礼が上空を見上げる。

 オオワシのタナトスは空中でこちらに狙いを定めていた。

 そして一気に空を滑り降りてきた。


「短い間だったけど……ありがと……楽しかった……」

「へっ? お前何言って――」


 今一度覆ったオオワシの影が、サーヤの表情を隠す今一度久礼達を覆う。

 そして不意に遠くから聞こえてきたスペルが、久礼の問いをかき消した。


「The bow is bent and drawn; make from the shaft!」


 それを合図に雨あられと、銃弾がタナトスに向かって放たれる。

 久礼達に襲いかかったオオワシは、その銃撃を受けてもう一度空に舞い上がた。


「葉可久礼! サーヤを止めろ!」


 銃弾に続いてシース・ハモーンが赤い髪を振り乱してこちらに駆けてきた。

 その背後に鯉口峰子と、近衛隊が続いていた。


「止めろって、何が……」


 すぐに態勢を整え直したオオワシが、今度は爆撃機の急降下並みの滑空速度で襲いかかってくる。


「さようなら……ヒサノリ……」


 シースとオオワシに気をとられた久礼の背中を、サーヤが両手で突き放した。


「えっ?」


 そして不意を突かれ前につんのめった久礼の背中で――


「サーヤ!」


 サーヤ・ハモーンはオオワシの鋭い爪にさらわれた。



「サーヤ!」


 久礼が己の背中から一瞬で消えたサーヤの姿を空に求める。

 その久礼の手から日本刀が光とともに消えた。

 同時に久礼の体と声は、男子のそれに戻る。

 久礼が見上げた空の上では、オオワシに掴まれたサーヤの手の中でも鞘が光とともに消えていた。


「何で……何で解除してんだ……てか、何、自分からさらわれてんだよ……」

「遅かったか……」


 駆けつけたシースが久礼の横で空を見上げ悔しげに唇をかんだ。


「おい……」

「黙れ! 阿保が! 盗人が!」

「シースちゃん……」


 峰子が取り乱すシースの横にそっと立つ。

 峰子は静かにそして優しくシースの肩を抱き寄せた。


「My fool usurps my body!」


 シースも峰子の腕に手を回し、叫びながらその制服にしがみつく。


「貴様のような阿呆が横取りしたせいで! ああ……Beauty provoketh thieves sooner than gold! サーヤに目がくらんだ盗人のせいで! 貴様が側にいながら、何故むざむざとサーヤを奪われている!? いや、貴様が側になどいるから、サーヤは自ら攫われたのだ! ああ! よりよってオオワシのタナトスだと!? あの娘のリビドーが! あれではサーヤが……サーヤが……私のサーヤが……」


 ありったけの怒気を含ませて嘆くシースの喉は、一瞬でかすれ、声を出すのもすぐに辛そうになっていた。

 シースは最後には、峰子につかまっていないと、立つことすらできていなかった。


「だから、サーヤはどうしたってんだよ!?」


「サーヤは……死ぬ気だ――」


 シースは峰子の腕に爪を食い込ませながら、何とかそう声を絞り出した。

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