第52話 第5幕第4場 We have bucklers of our own. 2
「ぜぇぜぇ……お前が自分から、姉貴の命令に背くとはな……ぜぇぜぇ……」
校舎下。屋根付き渡り廊下の一角で、久礼が膝に手を着いて息をついた。
久礼、サーヤ、小太刀の三人は、シースの手から逃れると階下の逃げてきていた。
今は校舎間を繋ぎ、またグラウンドへと出られる屋根付きの渡り廊下にその身を寄せていた。
「はぁはぁ……姉様の指示に従ってたら、あの人の力になれないもの……」
サーヤは屋根の柱に背中を預け空を見上げる。
屋根の端越しに見た空には、すでに多数のタナトスが群れていた。
「おう! ちょっくらお前の姉貴に、力を見せてやろうぜ」
久礼は手にしていた木刀を、隣で同じく息を整えていた小太刀に渡す。
「戦うの、久礼?」
小太刀が肩で息をしながら木刀を受け取った。
「ああ。タナトスは元より、親父の仇だ」
「久礼!」
小太刀の血の気が一瞬で退いた。
「分かってるよ、小太刀。そんな顔すんな」
「だけど……アンタ血が昇ると……とんでもない無茶を……」
小太刀が木刀を力一杯握りしめる。
「ん? コダチ? 久礼の無茶って?」
「昔、子供の頃。家宝の刀持ち出して、タナトスに向かっていったの……死にかけたわ……ううん、本当に死んじゃったと思ったわよ……」
「タナトスに? 普通の武器で?」
「そうよ。肝を冷やしたわ」
「あはは……悪かったって……まあ、あの時は死を覚悟したな」
「死ぬのが、怖くなかったの? ヒサノリ」
サーヤは柱から離れ、久礼に半歩近づきながら聞いた。
「俺は葉可久礼(はがひさのり)だぞ。葉可久礼(はがくれ)だぜ。武士道と云ふは――だ。言ったろ?」
「そう……そうね……私もこの身を賭して、姉様の為にいきたいわ……」
サーヤが両手を胸の前で祈るように組んだ。
左手の拳を右手で包み込まれ、震えを我慢するように――それでいて堪え切れずに両手とも細かく揺れている。
「ん? サーヤちゃん?」
小太刀がその様子に不思議そうにその手許を覗き込んだ。
「おう! 来るぞ!」
久礼が廊下の向こうの異変に気付いた。
すでに大型のタナトスも、学園に降り立っていた。
広いグラウンドに、猛獣類を模したタナトスが――それでも人間の頭蓋骨を頂いた異形のものが、着地とともに獣のように吠える。
そしてサーヤの姿を見つけるや、小型のタナトスを先頭にこちらに飛んできた。
「よし! サーヤ! 俺の精気を抜け!」
「――ッ! 分かったわ! O happy dagger! This is thy sheath!」
サーヤが震えていた右手を突き出し、久礼の全身がまばゆい光に包まれた。
「ウッヒヒャァアアアウゥゥゥゥ――俺の精気、来たーっ!」
やはり途中から女子の声に変わる奇声を上げて、久礼は女体化した体で光の中から現れる。
「喰らえっ!」
久礼は光から飛び出た勢いで、目の前に現れた小型のタナトスを一刀の下に切り伏せる。
宙を飛んできていたウサギのタナトスは、その一撃で真っ二つになると地面に別々に転げ落ちた。
「我ながら、いい太刀だ!」
久礼が日本刀を目の前に掲げで、陽光にその抜き身を光らせた。
久礼は着ていた袴の胸元を指を入れて緩める。
「棟もいい! 大き過ぎず、小さ過ぎず。綺麗に、優美に、自然と反り返っている。撫でれば、撫でるほど、その感触にいつまでも手を這わせていたくなるような曲線だ。その色艶も妖しいまでに光って、吸い込まれたかのように目が離せない。いつまでも、見とれていられる曲線美だな! そしてこのカーブに導かれ、自信満々にキリッと天を突くように尖る切っ尖! 思わず舌舐めずりすらしたくなる!」
「久礼。棟の話よね?」
「ああ、棟の話だ。おっ? サーヤ、やっぱり鞘もあるのか?」
「ええ……」
サーヤは鞘を一つ胸に抱えていた。
「それがあれば、抜刀術もいけるぜ! 俺はそいつが一番得意だからな!」
「そ、それは……」
サーヤが戸惑うように胸で鞘を抱え込んだ。
「ん? ダメなのか?」
「久礼! 次々くるわよ!」
「よし、分かった! まずは、こいつらぶっ飛ばして、分からず屋の姉貴に認めさせるぞ!」
久礼は刀を振りかざすと、自らグラウンドに打って出て行った。
「よっしゃ! いける!」
久礼が小型のタナトスをその勢いで一体両断した。
蛇のタナトスが、その身を寸断されてグラウンドに落ちていく。
久礼は次の獲物を求めて日本刀を構え直すと、注意深く辺りを見回した。
グラウンドのあちこちで、久礼達のように外に出て生徒達が迎撃を開始していた。
上級生が中心となり、幾つかのグループに分かれてタナトスをグラウンドで迎え撃っている。
久礼はそんな光景に力を得たのか、一人深くうなづいた。
そんな久礼の上に不意に大きな影が落とされる。
「――ッ! 影!? でかい! 鳥のタナトスか!?」
久礼が影に驚き上空を見上げた。
太陽が出ていたはずの空が、突如現れた鳥のタナトスの翼によってそこだけ夜のように暗くなっていた。
「あれは……」
サーヤも久礼の背中で空を見上げた。
そしてその猛禽類のタナトスの姿に目を奪われる。
その瞳は信じらなれないとばかりに見開かれ、そして細かく震えだした。
それは一際大きな人間の頭蓋骨を頭部に頂き、優雅なまでにその巨大な羽を広げるオオワシのタナトスだった。
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