第48話 第5幕第2場 To stop in my tail against the hair. 2

「My fool usurps my body...」


「はい?」

「『阿呆がわたしの肉体からだを横取りしている』『リア王』第4幕第2場ゴネリルのセリフだ。サーヤ」


 シースはサーヤにそう答えながら、その目だけは妹に続いて近づいてきた久礼に向ける。


「それは、存じてます」

「そうね。サーヤ、私ときなさい」

「はい、分かりました。ですが、どこへ?」

「貴女を拘束するわ。厄災の時が終わるまでね――」


 シースのその言葉が終わる前に、近衛隊の上級生達が一斉にサーヤを取り囲んだ。

 近衛隊はそのまま有無を言わせず、サーヤの肩や手を強引に掴んだ。

 サーヤは無理やりひざまずかされ、膝小僧には軽い擦り傷すらできてしまう。


「――ッ! 姉様!?」

「おい! 何しやがる!?」


 サーヤの膝に浮かんだ血の色に、久礼が色めきだち近衛隊の背中に詰め寄る。

 だがそれは予想されていたのか、別の近衛隊が数人すぐに久礼の前に立ちふさがった。


「ちょっ、ちょっと!?」


 小太刀が久礼の背中に追いつく。


「下がっていろ、葉可久礼。サーヤを、阿呆に横取りされる訳にはいかん」

「あん!? 何言ってやがる! サーヤを返しやがれ!」


 久礼はらちがあかないと見るや、手にしていた木刀をその場で構えた。


「久礼! 落ち着きなさいよ!」


 小太刀が慌てて後ろから久礼を止めようとする。

 教室の前はもはや騒然としていた。

 隣のクラスも含め、多くの生徒が集まってきている。


「丁度いい。皆もよく聞け――厄災の時は近い!」

「――ッ!」


 シースの突然の言葉に、生徒達は皆一様に驚きで声を詰まらせる。


「いや! もうすでにその前触れとも言うべき、タナトスの大規模発生が予測されている!」

「姉様! なら、なおのこと! 私と、母様のファースト・フォリオが――」

「黙りなさない、サーヤ! 貴女は厄災が終わるその時まで、監禁するわ! 禁忌の力の持ち主の貴女は、周りをも危険にさらす!」

「ふふん。これは学園全体の決定事項。先生方の許可も得てるわ」


 峰子がシースに続いて、周りに集まっている生徒達に告げる。


「そんな……」

「はぁ!? そんな暴挙、許すかよ!」

「なら、貴様もだ! 葉可久礼!」


 シースの声を合図に近衛隊が一斉に久礼に飛びかかった。


「得物持ってる俺に! 素手でどうにかなるかよ!」


 だが久礼は木刀を巧みに振るうと、近衛隊の誰も自分に近づかせない。

 伸びてくる手のその先を読み、久礼は近衛隊の複数の手を寸でのところで弾き返す。


「ふふん……さすがね! 元気な後輩くん! なら、これならどう!? Thou desirest me――」


 峰子は流暢な英文を叫びながら、近衛隊と久礼の間に飛び出した。

 峰子の左手が久礼に向かってまっすぐと伸ばされる。

 その左の掌が久礼の心臓の上に当てられた。


「to stop in my tail against the hair!」


 峰子が渾身の魔力を込めてそのスペルを放つ。

 峰子の左手の先から、光が奔流となって溢れ出した。

 その光は全て久礼の胸へと流れ込んでいく。


「がはっ……」


 光の衝撃を受け、久礼は声にならないうめき声を漏らした。


「『ロミオとジューリエット』第2幕第4場……マキューシオのセリフよ……『なんだ、せっかく俺の話が佳境に入ろうとするのを、君は止めようとするのか』ってね」

 光の向こうから峰子の声が聞こえてくる。


「峰子先輩……何を……」

「お茶目なマキューシオの面目躍如のセリフなのよね。テールだの、ヘアーだの。その前の、女に惚れたバカな男がだらりと出す舌の話だの。何が言いたいかは、ご想像にお任せするわ。まあ、いきり立ってる相手には、一番のスペルってことね」

「ぐっ……力が……サーヤ……」


 久礼はサーヤの名を苦しげにうめくと膝から崩れ落ちた。 


「ふぅ……やっとね……本当元気……相手するのも大変ね……」


 光がようやくおさまると、峰子が額から汗を一つな滴り落としながら、最後は感心したように呟く。

 だが久礼は辛うじて木刀を支えにし、その場に片膝立ちになって持ちこたえていた。

 攻撃の手が止んだ久礼を、近衛隊が取り押さえんとにじり寄る。


「ヒサノリ!?」

「縛り上げろ。どこかの教室に放り込んでおけ。厄災が始まる前に、サーヤはイングランドに送り返す!」


 シースが嫌悪感もあらわに久礼に背中を見せながらそう命令すると、


「キャーッ!」


 どこからともなく悲痛な悲鳴とけたたましい警報が聞こえてきた。


参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)

『ロミオとジューリエット』平井正穂訳(岩波文庫)

『リア王』野島秀勝訳(岩波文庫)

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