第5幕第2場 To stop in my tail against the hair.
第47話 第5幕第2場 To stop in my tail against the hair. 1
「ふふん」
ペンギンのマスコットがまるで自らそう笑ったように楽しげに揺れた。
それは真新しい通学カバンに付けられた、小さなヌイグルミのマスコットだった。
それが教室に入る登校の足に連れ、持ち主の機嫌を表したように軽快に揺れる。
今は学校への朝の登校時間。清々しい陽光が窓から射し込む中、皆が校舎の廊下を自分の教室へと急いでいた。
カバンの持ち主はサーヤ・ハモーン。マスコットの持ち主ももちろんサーヤだった。
サーヤはカバンを軽く弾ませながら朝日の差す廊下を歩き、軽やかに一つ角を回った。
そんな何気ない動作でも、ペンギンのマスコットは軽やかに弾んだ。
「ご機嫌ね、サーヤちゃん」
一緒に歩いていた鵐目小太刀がそんなサーヤを横から振り返る。
「そう? そうかな?」
「そうよ」
「まあ、こんなに可愛い子がカバンについてればね」
「久礼にしては、いいの選んだんじゃない?」
小太刀がサーヤの向こうに目をやった。
朝から袴姿の葉可久礼の姿がそこにはあった。
「おう。俺、一番のお勧めは、チンアナゴだったんだがな」
袴の襟足から覗く久礼の首筋には、うっすらと汗が浮かんでいた。
今日も朝から素振りをして、そのまま寮を出てきたようだ。
その手には通学カバンの他に、木刀が一振り握られていた。
「久礼……アンタね……名前で選んだでしょ?」
小太刀が手にしていた竹刀の袋越しにその柄を握りしめる。
「選んでいけないものなら、何でグッズになってんだよ?」
「まあ、でも。可愛くないって断ったら、次はオオサンショウウオだったわね」
「はっ! センスないわね!」
「はぁ!? オオサンショウウオだぞ! サイコーだろ!? あのヌメッとした質感!
テカテカでありながら、ヌルヌルなあのボディ! 一見グロテスクに見えながら、どこか愛嬌のあるあの姿! 触ると痛々しいような気もしながら、それ故に触ってあげたくなるあの危険な香り! いっそのこと、一周回って可愛く見えて、口に含んであげたくなるようなあの造形! ああ、ちなみに、山椒味らしいぞ」
「知らないわよ!」
「オオサンショウウオの良さが分からんとは! 本ばっか読んでっからだぞ」
久礼が小太刀の腰の辺りを覗き込む。
小太刀のスカートの右のポケットがやや膨らんでおり、そこから栞を挟んだ文庫本が頭を覗かしていた。
「Thy lips are warm! 『この唇はまだ温かい!』『ロミオとジューリエット』第5幕第3場! ジューリエットのセリフ! いよいよの場面よね、コダチ!?」
「ええ、そうよ! いよいよ次のセリフよね!? ここは何度も読んじゃって! 栞が外せないの!」
「でしょ!? でしょ!?」
「しかし栞の位置で、よくそこまで分かるわね、シースちゃん」
「ふふん」
褒められてサーヤは少し照れたのか、二、三歩久礼達より先に進む。
「……まあ、よし。自然な笑顔よね……久礼にしては上出来だわ……」
「……何で、俺がお前に、そんなところ評価されにゃならんのだ……」
サーヤの後ろで小太刀と久礼が小声で話す。
「……そりゃ……ん? 何だが人だかりね」
「俺らのクラスだな? 何の騒ぎだ?」
三人の教室の前に人だかりができていた。
「姉様!?」
サーヤがそこにいた人物に目を見張る。
久礼達のクラスの前で、シース・ハモーンが険しい顔つきで待ち構えていた。
「……」
シースは無言でサーヤを迎える。
「はーい。皆、おはよ!」
代わってその隣にいた鯉口峰子が明るい挨拶を送ってくる。
だが和やかな雰囲気を出しているのは峰子だけだった。
二人の周りにはシースに合わせて無言で立つ上級生の姿――サングラスで視線を隠した近衛隊の姿があった。
どこか全員物々しい。
その雰囲気に当てられ、教室の一年は内も外も声を潜めてうろたえている。
「姉様! 何か、御用ですか?」
サーヤが姉の姿を見つけて駆け出す。
「My fool usurps my body...」
近づいたサーヤに直接は答えず、シースは唐突に静かに呟いた。
参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)
『ロミオとジューリエット』平井正穂訳(岩波文庫)
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