第46話 第5幕第1場 Beauty provoketh thieves sooner than gold... 3

 小太刀の姿が水族館の角の向こうに消えた代わりに、久礼の胸ポケットの中でスマホがメッセージの着信を告げる。


 ――ちゃんと、話しなさいよ……


「はぁ? たく……何から、話せってんだよ……てか、何怒ってんだよ?」


 怒りマークのイラストとともに、トークアプリに寄せられていたのは、小太刀からのメッセージだった。

 久礼は胸から取り出したスマホに、怪訝に眉根を寄せて目を近づける。


「何、一人でぶつぶつ言ってんのよ、ヒサノリ」


 そんな久礼の顔を、サーヤが不審げに見上げる。


「別に……」

「ふーん……」


 サーヤが再びペンギンに目をやった。

 サーヤの視線の先では、生まれたばかりらしい子どもペンギンがそれぞれにじゃれ合っている。 


「なあ、サーヤ」

「何?」

「お前、姉ちゃんのこと、嫌いにならないのか?」


 久礼の視線の向こうで、一匹の子どもペンギンが少し体の大きい他のペンギンに押し倒されていた。

 じゃれ合う為に近づき過ぎたのだろう。

 小さい方のペンギンはそれでもすぐに立ち上がり、もう一度体を寄せ合おうと駆け寄って行く。


「何で?」

「いや……いつも酷いことばかり、言われてるからな。俺なら、ブチ切れだな」

「姉様は実際すごいもの。私に厳しくあたるのも、仕方がないわ。本当に色々と勝てないし」


 サーヤはすがりつく子ペンギンを見つめ続けながら答える。


「まあ、俺も姉貴には勝てないけど」

「ヒサノリも姉様には、勝てないんだ?」

「一つ上の姉にも、二つ上の姉にも、三つ上の姉にも勝てない。ぶっちゃけ、妹達にも勝てない。何だろうな? あれ」

「あはは。何それ?」

「……」


 しばらくの間、二人は黙ってそれぞれペンギンを見つめた。


「――あの姉貴の為に、生きたいのか?」


 久礼が唐突に切り出す。


「……」

「ことあるごとに、そう言って姉貴に訴えてるみたいだけど?」

「ええ。それが私の使命……」

「あっちは完全に拒否ってるがな」

「そうね……姉様からすれば、迷惑なだけだろうし……」

「……」

「対タナトスに本当に必要なのは、姉様ような強い力の持ち主。多種多様なスペルを使いこなし、多くの人のスペルマスターになれるような人物。そんな姉様の力になる為に、私はいきたいの」

「何だよ、それ? 姉貴ありきの人生かよ」

「そう……そうかもね。でも、仕方ないの。どう考えても、対タナトスの主力は姉様。私が足を引っ張るわけにはいかないの」

「まだ足手まといと、決まったわけじゃねえだろ?」

「そう? でも二人の力を合わせないと。タナトスには――厄災級のタナトスには太刀打ちできない」

「まあ、姉妹二人で力を合わそうってんだな?」

「……」

「そういうことならな。俺も力になるぜ。一応サーヤの騎士だからな」

「ふふ……随分と頼りない騎士様だけど」

「何だよ? えらい言われようだな」

「ふふん。まあ、でも……今日は誘ってくれてありがとうね、ヒサノリ……」


 サーヤはようやくペンギンから目を離し立ち上がると、ポツリと小さく口にした。


「お、おう。ペンギン好きだったか?」

「それもあるけど……」

「何だよ?」

「別に……」

「マネすんなよ」

「ふふん。あっ? コダチ達が帰ってきた。きゃーっ! 何、そのペンギン!? 可愛い!」


 サーヤが不意に横を振り返ると、コダチが大きなペンギンのヌイグルミを抱えて近づいてきていた。


「でしょ!? でしょ!? もう目が合った途端に決めたわ! このペンギン! 部屋に飾るわね! いいよね、サーヤちゃん?」

「もちろんよ!」


 小太刀とサーヤは巨大なペンギンを相挟んで互いをひしと抱きしめ合う。


「見て見て、久礼くん! ペンギンの巾着だって! 僕思わず買っちゃった!」


 小太刀の後ろから現れた庵は、子どもペンギンをモチーフにした巾着を手にしていた。


「お、おう……お前も巨大ペンギンを部屋に飾るとか言いだしたら、どうしようかと思ったがな……」

「ほら、久礼! 交代よ! アンタ達もグッズ見てきなさいよ!」


 小太刀はサーヤから離れ、巨大なヌイグルミと一体となって久礼に迫る。

 巨大なヌイグルミは小太刀の姿を後ろに隠し、まるでペンギンそのものが喋っているように久礼からは見えた。


「何で、俺が?」

「思い出は、形に残すものよ」

「いや、だってよ。それにしても……」

「……それと……同じの選んだら、承知しないんだからね……」


 小太刀がヌイグルミに顔を埋めながら、久礼にのみ聞こえるように小声で話す。


「はい? 別に同じでもいいだろ? 何故そこに気を使わないといけな――」

「うるさい! さっさと行きなさい!」


 いぶかしむ久礼のお尻を、小太刀が再び蹴り上げた。

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