第5幕第1場 Beauty provoketh thieves sooner than gold...
第44話 第5幕第1場 Beauty provoketh thieves sooner than gold... 1
「で、何で? 俺がペンギンなんぞ見なきゃならんのだ?」
葉可久礼はとある水族館の前で、不平に唇を尖らせた。
都市公園に隣接するその水族館前は、土曜の昼前で、抜けるような今日の青空の天気と相まって家族連れで賑わっていた。
水族館のチケット売り場にも、眩しいぐらいの陽光の下に長い列ができている。
「もう、久礼! ここまできたんだから、いつまでも不平言わない!」
鵐目小太刀が私服のスカートの裾を揺らしながら、久礼の隣で身を翻した。
丈の長いそのスカートは、その動きに合わせて風をはらんで軽く膨らむ。
小太刀は栞の挟まれた文庫本を、その手に持っていた。
「分かったよ。あいつが落ち込んでるのは、俺も知ってるって」
「そうよ」
「夢でもうなされてるってか……」
久礼が目を水族館の方に転じた。
チケット売り場の列に、サーヤ・ハモーンの後ろ姿が見える。
赤い髪を揺らして並ぶその姿は、少し離れたところで待つ久礼達の目にもよくついた。
やはり私服姿で、清潔感漂うスラックスをはいていた。
サーヤは一緒に並んだ人物と、一言二言交わしながら列を待っている。
もう一人は膝小僧が見えるぐらいの、丈の短い私服のスカートをはいていた。
「そうよ。今朝もすごい汗で、目を覚ましてたんだから。悪夢を見ていたみたい」
「十年前の悲劇ってやつか?」
「多分ね。本人は何も言わないけど」
「まあ、時折暗い顔するよな、あいつ」
「そうよ。あんなに綺麗な娘なのに。何とか、力になりたいと思わない?」
「そうは言われてもな……」
久礼がもう一度チケットの列に目を転じる。
赤毛の少女が連れと一緒に売り場前にきたところだった。
「あいつは、戦う為にこの学園にきた。特に、姉貴の力になりたくってだな」
「そう。でも、そのお姉さんに散々な言われよう……」
「禁忌の力か……使われた身としては、別にどうってこないけどな」
久礼が己の胸元を軽く掻く。
「アンタが鈍感なだけじゃない?」
「何を!?」
「ふん……でも、そのファースト何とかって本が、あるんでしょ?」
「姉貴に渡してくれって、言ってたな」
「それをサーヤちゃんが手にしたら、どうなるの? 怖くって、本人には聞けてないけど」
「パワーアップするんじゃね?」
「ゲームじゃあるまいし……まあ、何? サーヤちゃんの禁忌のスペルが、そのパワーアップとやらをして。それ、ホントに大丈夫なの?」
「それは……」
「たく……頼りないわね……」
小太刀が手持ち無沙汰になったのか、手にしていた文庫本を開いた。
「なんだかんだで読んでんのかよ?」
「今、第4幕第1場よ。ロミオに会うために、ジュリエットが墓場にいく算段をしているところよ」
「はい? 何で男に会うのに、墓場いかないといけないんだよ?」
「むっ。それは自分で読みなさいよ。これも勉強の内よ」
「はいはい……」
適当な返事を返した久礼の視線の先では、サーヤ達がちょうど売り場を離れていた。
「まあ、それより。折を見て。何か、言ってあげなさいよ。バディでしょ?」
「おう……」
「くぅ……それにしても、サーヤちゃん……足細くて、長いわ……」
近づいてくるスラックス姿のサーヤに、小太刀が感嘆の息を漏らして唸る。
「下手なスカートより、あっちの方が、際立つな」
「下手なスカートで悪かったわね!」
「お待たせ。チケットぐらい、誘ったんなら、自分で用意しておいてよね」
サーヤが少し頬を膨らませながら、久礼達の前まできた。
「誘った? 俺が?」
サーヤの言葉に久礼が不思議そうに首を傾げる。
「――ッ! フンッ!」
久礼の脇腹に不意に小太刀が肘打ちを入れた。
「痛ッ! 小太刀!? 何しやがる!」
「おほほ! ホント、ダメよね。久礼のヤツ。自分で水族館に行きたいって言っときながら、ジャンケンでチケット並ぶの決めるだなんてね」
「本当よ。まあ、並ぶのも楽しかったけど」
サーヤがぷいっと頬を膨らませながら、チケットを2枚二人に差しだした。
「おい……小太刀……」
「……しぃー……そういうことに、しときなさい……」
小太刀がチケットを受け取りながら、久礼に聞こえる分だけの小声で囁く。
「お前な……」
「という訳で、サーヤちゃん。マナーのなってない男は、アタシが肘鉄入れておいたから」
「そう。ありがとう」
「あはは! マナーがなってなくって、お仕置き食らうとは! 無様だね、久礼くん!」
「無様とか……お前に、その格好で言われたくない……」
久礼が侮蔑の言葉を投げかけてきた相手の全身を上から下まで見渡す。
丈の短いスカートの裾から、可愛らしい膝小僧が覗いていた。
春の公園を吹き抜ける風が、そのスカートを可愛らしく揺らした。
「むむ!? この鯉口庵! 無様などと、言われる覚えなどないよ!」
丈の短いスカートの主は、鯉口庵だった。
そのスカートの裾は、春の風にあおられ、何度も膝より上をさらけ出している。
風がスカートにいたずらをする度に、通り過ぎる行楽客が思わず振り向いていた。
白を基調にしたブラウスに短いスカート。その可愛らしい姿に振り向く人々には、男女の差さえなかった。
「いや、思いっきりスカートだろ?」
「ふん! 甘いね、久礼くん!」
「何がだよ?」
「僕たちの勝負は結局決着がつかなった。ならば、再戦のその日まで。君の出した条件を飲み続けるのが、男の子の中の男の子!」
「お、おう……」
「たとえ女子の格好をしていても、中身と心は男の子であること! それでこそ真の男の子だしね!」
「――って、峰子先輩に言われたんだろ?」
「うん。よく分かったね。だから、君との勝負がつくまで、僕はあえてこの格好だよ。ああ、誘ってくれて、ありがとう。鵐目さん」
「どういたしまして、庵くん」
「何で、庵まで誘ってんだよ、小太刀?」
「……別に……下手したら……アタシ一人だし……」
「何、コダチ?」
急にうつむいて独り言を呟く小太刀を、サーヤが心配げに覗き込む。
「別に! ほら、言い出しっぺの久礼! ちゃんと、エスコートしなさい!」
小太刀は急に顔を上げると、
「イテッ!」
久礼のお尻を蹴飛ばした。
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